外国で働くって華やか?

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【外国も日本も、仕事の厳しさは同じです】

私は日本とヨーロッパの両方で数十年間働いてきました。その経験からハッキリ言いますーー外国も日本も、仕事の厳しさは同じです。

もともと地味で外からはなかなか見えにくい、けれども人が生きて行く上で、社会が機能し続けるためには誰かが担わなければならない仕事は沢山ありますよね。

病院で、ホテルの裏方で、社長室の隣で、電車の駅の事務室で、家庭の中で、、、、他にもたくさん。もしかしたらあなたの仕事もそうではないですか?

外国にもそういう仕事がたくさんあります。

国際会議もその一つです。

12月のスイス発オンラインセミナー地球市民塾は技術の国際標準化会議を取り上げます。

あなたのスマホはなぜ外国に行っても使えるんでしょうか?

情報化社会がちゃんと機能するために、ネットが理屈の上だけでなく本当に国境を越えても繋がるために国際ルールを作らなければなりません。

ところが私たちにはその仕事を知る機会が滅多にありません。

それは厖大で、技術革新に伴って次々に新しい課題が生まれて、技術の上に各国の利害の絡む、その上終わりのない仕事です

えーー?!誰がそんな仕事をしているの?

そう思うのも無理はありませんよね。

そのようなお仕事をとりまとめていく役目を担うのが標準化会議の議長です。それはきっと大変なお仕事ではないでしょうか?。

12月14日、その方から直接にお話しをうかがえます。
プログラムとお申し込みはこちらからどうぞ

情報化社会を支える国際交渉”
12月14日 木曜日 
日本 20:00 – 21:30 /スイス 12:00 – 13:30
橋本 明さん(NTT ドコモ社,写真中央)は、35年以上にわたり国際電気通信連合(ITU)の会議に日本代表として参加し、2007年からは8年間にわたり携帯電話技術の標準化委員会の議長を務めてこられました。

標準化とはどんな仕事?
技術専門家にとっての国際会議・国際交渉とはどんなもの?
議長として利害の食い違う国、業界・企業の人々をまとめていくために心がけたことは何か?
などを語って頂こうと思います。

技術系のお仕事を目指す方、現在そういう仕事についている方、今まで知らなかった世界のしくみを知ってみたい方、利害の異なる人々をまとめるお仕事をされている方、またそのほかのことに関心のある方、どうぞいらしてください。
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橋本さん②議長席

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人は頑強であるより、回復力を備えている方がいいようです

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【人生も国際会議もレジリエンスです】

レジリエンスとは「回復力」のことなんですね!

働く女性の健康をミッションとするお医者様、海原純子先生。私の生きて来た軌跡を「レジリエンス」という観点からインタビューされるとは!

さすがはお者様、本人が一番驚きました。私ってそういう素材にもなるのかと妙に感心もしました。

よろしかったら海原先生の記事をご覧ください

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レジリエンスなら、国際会議の議長にも大いに必要な資質ではないでしょうか?

12月のスイス発オンラインセミナー地球市民塾は技術の国際標準化を取り上げます。

未来の携帯電話に必要な技術条件、人類の有限な資源である周波数の世界的な割り当てルールなど、情報化社会がちゃんと機能するために、ネットが理屈の上だけでなく本当に国境を越えても繋がるために必要なのは国際ルールです。

ところが私たちにはその仕事を知る機会が滅多にありません。

それは厖大で、技術革新に伴って次々に新しい課題が生まれて、そこに各国の利害の絡む、その上終わりのない仕事です。

えーー?!誰がそんな仕事をしているの?

そう思うのも無理はありませんよね。

そのようなお仕事をとりまとめていく役目を担うのが標準化会議の議長です。それはきっと大変なレジリエンスの必要なお仕事ではないでしょうか?。

12月14日、その方から直接にお話しをうかがいませんか?

”情報化社会を支える国際交渉”
12月14日 木曜日 日本 20:00 – 21:30 /スイス 12:00 – 13:30

橋本 明さん(NTT ドコモ社)は、35年以上にわたり国際電気通信連合(ITU)の会議に日本代表として参加し、2007年からは8年間にわたり携帯電話技術の標準化委員会の議長を務めてこられました。

標準化とはどんな仕事?
技術専門家にとっての国際会議・国際交渉とはどんなもの?
議長として利害の食い違う国、業界・企業の人々をまとめていくために心がけたことは何か?
などを語って頂こうと思います。

技術系のお仕事を目指す方、現在そういう仕事についている方、今まで知らなかった世界のしくみを知ってみたい方、利害の異なる人々をまとめるお仕事をされている方、またそのほかのことに関心のある方、どうぞいらしてください。
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橋本さん ①

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国際機関や国際会議で仕事する人は特別?

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【仕事を進めるというその基本は日本と同じだと気がつきました】

私の経験では、特別なことはありません。日本でキチンと仕事が出来て、同僚から信頼の置かれる人は、国際機関や国際会議でもキチンと仕事ができると思います。

仕事の場所や環境が変わっても、仕事をするということの基本は同じです。

私はITU(国際電気通信連合、本部ジュネーブ)の会合に参加してこんな経験をしました。

私は、二つのワーキンググループ (WG) に入り、ある勧告(ITUの出す国際協力のベースとなる約束事)のテキストを作成する仕事に加わっていました。

会合は年に二回あるのですが、気がつくと一方のWGでは回を追う事に勧告案が着々と出来ているのに、もう一方の方ではほとんど進みません。

何が違うかというと、WG議長の仕事の進め方が全く違うのです。

進む方のWGでは議長が毎回の会議の前に勧告の文案を作成して、会期の終わりにはそのバージョンアップした修正案を作成しています。

進まない方のWGでは議長は毎回「参加の皆さん、意見書を持ってきて下さい。」と言うばかりです。だれも意見書を持ってこないので、会期の最終日になっても成果物はありません。

こういうことは、皆さんの日々の仕事の中でも起きるのではないでしょうか?

国際機関や国際会議で一緒に仕事をする人々は、言葉も文化も、議論の仕方も日本と違います。けれども仕事を進めるというその基本は日本でのそれと同じだと気付いた経験でした。

いよいよ今週は24日木曜日に津川清一さんをお迎えして「これから国際会議で活躍したい人へ」、続いて28日月曜日に西山哲郎さんの語るホットな「オックスフォード緊急報告」が開催されます。この二つのセミナーには同じ志が通っています。両方に御参加になると、1+1=10以上の効き目があります。お約束します!

お申込はお早めに!
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オンラインセミナー地球市民塾 ーー
世界と関わってきた人たちと話そう
これから国際会議で活躍したい人へ
8月24日 木曜日 日本 20:00 – 21:30 /
マレーシア19:00 – 20:30 / スイス 13:00 – 14:30
プログラムとお申込はこちらへ↓↓↓↓
goo.gl/h34Bvd
オックスフォード緊急報告会 by 西山哲郎さん
8月28日 月曜日 日本 20:00 – 21:30 / マレーシア19:00 – 20:30 / スイス 13:00 – 14:30
プログラムとお申込はこちらへ↓↓↓↓
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★御注意★ どちらも個別のお申込みフォームをお使いくださいね♪ FBイベントページからお申込は出来ません。

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言葉は贈り物ー国際会議こぼれ話

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【今私がそれをいわなくても、と思ってませんか?伝えなければ伝わらないんです。】

その時、オバムさんは真っ黒い顔をくしゃくしゃにした。心から嬉しそうな表情、そこには安堵もまた混じっていた。

先週、私はある国連関係の国際会議に出ていた。日本代表団のために議事録を書くのが仕事だった。

オバムさんは、その議長を務めていた。

決して易々とは行かない数々の議題、一筋縄では行かない、会議のベテランたち。

四日間の会期中、オバムさんはいつも冷静で忍耐強く、謙虚で、どの人の意見も尊重しながらも、テキパキと議事を捌いていった。時にはユーモアを交えながら。

この人は素晴らしい!とおもった。

最終日、すべての討議項目を終え、会議が閉会したとき、私はオバムさんに感謝したかった。こういう会議の常で、最後に会場の参加者は議長の労をねぎらって拍手をした。だから、その拍手の中で私も議長に感謝していたんだけれど、それだけで終わらせたくなかった。私は、自分の気持ちを彼に伝えたかった。

会議が終わり、人々が退場しかけた頃、オバムさんは全ての仕事を終えて議長席から降りてきた。彼の廻りには誰もいなかった。

チャンス!

私は迷わず彼に近づいて行った。

「ミスター・オバム、あなたの素晴らしいチェアマンシップをお祝いさせてください。私は、かれこれ20年近くこの組織の会議に出ていますが、あなたはその中で私の出会った最も素晴らしい議長の一人です。」

その時だ、彼が顔をくしゃくしゃにしたのは。

彼のその顔を見た瞬間、「あ、言葉は贈り物なんだ!」と気づいた。

そしてまた、安堵が彼の顔に走ったのを見て思った。

彼に面と向かってその仕事ぶりを褒める人は、なかなかいないんだろうなと。

彼だって、自分が議長として良い仕事をしていたかどうか、会議に出ていた人の評価は気になるだろう。

思い切って、オバムさんにお礼を言いに行って良かった。

気持ちを伝えに行って良かった。

オバムさんは、私からの贈り物を受け取ってくれた。

表現して、良かった!

自分の気持ちは、伝えなければ伝わらないんだ!

ITU会議場
国際会議場, ITU(国際電気通信連合)

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文化の違いを価値に変えて仕事ができるようになる研修プログラムを御提供しています 詳しくはこちらをご覧ください。

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ジュネーブと国際会議と(6)人見知りだった私が、国際会議で実行していること

私は、人見知りの子供でした。外に出て友達と遊ぶよりも、家で好きな絵を描いたり、本を読んだりしている方が好きな子どもでした。

幼稚園の頃は、「月曜病」だったそうです。月曜日の朝になると腹痛を訴えたと、母から聞きました。家で気ままに過ごした週末の後、幼稚園に行くのがいやだったのでしょう。

母も、欠席の連絡を受けた幼稚園の先生も、私の幼い病気に気付いていました。けれども、先生は無理強いせず、「ああ、よしこちゃん、またね。元気になったらいらっしゃい。」と言ってくださったそうです。

こういう人見知りの私ですが、おとなになると、そういう理解ある先生ばかりに囲まれて過ごすわけにはいきません。

ITUの会議に出席するようになって間もなく、気づいたことがあります。国際会議で必要なのは、発言の善し悪し(内容の正しさ、建設的な意見か、など)もさることながら、人としての信頼が同じくらい重要なのです。そのためには、日頃から、会議場の中と外で多様な人々と知り合い、信頼関係を築いておかなければなりません。

反面、会議に初めて参加した人の発言力は、どうしてもその実力以下になってしまわざるを得ません。これは、仕方ありませんね。それもまた、国際会議という意志決定過程のルールのうちなのです。だからこそ、ある人を何年間にも亘り同じ会議に出席させることは、それだけで大きな発言力を得るために大変役立ちます。

人見知りの人間が、国際会議で他の人と知り会って行くにはどうすればよいか?これは私にとって大きな課題でした。

ジュネーブ旧市街。石の壁に残るホタテ貝の印が、巡礼宿だった歴史を語る。
ジュネーブ旧市街。石の壁に残るホタテ貝の印が、巡礼宿だった歴史を語る。

いろいろな経験を繰り返した今、私は、どんな会議でも、セミナーなどでも、毎回自分に二つの宿題を出しています。

一つ目は、必ず、何か一言、発言すること。意見でも質問でもいいからとにかく、一回は声を出す。

二つ目は、毎回、知らない人最低3人と話しをする。

一つ目の宿題は、NTT時代の上司だった、Kさんを見習ったものです。この点については、6月号のこのコラムでお話ししましたね。

二つ目は、自分で作り出した宿題です。

どんな会合でも、毎回知らない人3人と話すこと。または、既に知っている人と、新しい話題で話すこと。

なぜそんなことをするかというと、人に話しかけることを楽しくしたいからです。逆に言うと、宿題を出しておかないと、人と知り合うことに一歩を踏み出せない人見知りの私が、まだ心のどこかにいるのです。

そういう自分をどうにかしようと思い、一人でこのようなゲームをすることを思いつきました。ゲームと思えば、軽い気持ちで実行に踏み切れます。それがこの二つの宿題なのです。

ゲームですから、一つ出来る毎に、自分にご褒美も出しています。一日の会議を終えた後、夕食前のビールなどは、励みになります。こうやって、自分に人参を与えるわけですね。

人と知り合うことに億劫さを感じる人は、どうも私だけではないようです。大人になると、人付き合いの面でも自分の領域がしっかりできてきます。その反面、 多くの人は、新しい人と知り合うことを面倒に思うようになるのではなでしょうか。

人に話しかけることを億劫に思わないコツは、相手への関心です。目の前にいる人に対し、どんなひとだろう?と興味を持つことです。人は誰でも、情報の宝庫です。相手の知っていることに興味を持ち、聴くことを楽しんで下さい。そうして、その人と知り合ったことを喜び、たとえ5分でも、一緒にいる時間を楽しみましょう。まして国際会議の場では、広く世界から、思いもかけなかった話題が集まって来るのですから。

最後に、私に一つ目のヒントを下さり、今も尊敬する先輩のKさんの詩を、ここにご紹介したいと思います。これは、「歳を取ったら」というシリーズの一作です。けれども、ここに込められたメッセージは、年齢に関係なく、誰にでも受け止めて頂けることと思います。

歳を取ったら

孤高を目指してはいけない

ネットワーカーになろう

様々な人との出会いが

人生を豊かにしてくれる

歳を取ったら

もらっているばかりではいけない

情報を発信しよう

ささやかな贈り物を

喜んでくれる人がきっといる

(上記の詩の引用に当たっては、作者、K様のご承諾を頂きました。)

この連載は、今回が最終回となります。皆さま、六ヶ月間ご愛読をありがとうございました。

国際会議でのコミュニケーションについて、講演や研修を致します。まず、メールでご相談下さい。

Yoshiko.Kurisaki@gmail.com

掲載: ITU ジャーナル Vol. 43, No. 9, 2013年9月号

ジュネーブと国際会議と(5)街の人の目線で見る国際都市 ジュネーブ

ジュネーブは、なぜ国際都市なのでしょうか?

ここには、国連欧州本部や、ITU等の、国際機関が多数あるうえ、それらの加盟国の代表部も多数あります。また、ジュネーブでは、大小の国際展示会や、コンファランスが、1年中開かれています。1月の国際高級時計見本市や3月の国際モーターショウは、日本でもよく知られていますね。

観光客も世界中から訪れます。夏と冬のバカンスシーズンには、高原での避暑、アルプスでのウィンタースポーツが大勢の人を引き付けます。

ところが、そういった華やかな人の往来は、国際都市ジュネーブを形作る重要な一面ではありますが、その国際性を語るには、まだ半分ほどにしか過ぎません。

ジュネーブに住み初めて間もなく気がついたのですが、この地の国連と街の人々との間には、どうも溝があるのです。お互いに関心を持っていないというか。

そこで、今月は国際会議を離れ、この街に住む人々に視点を当てようと思います。そうやって、街の人の目線から、国際都市ジュネーブの奥行きに、一歩踏み込んでみましょう。

読者の皆さまも良くご存知のように、スイスは、欧州の真ん中に位置し、欧州内の人の往来する地域でした。また外交では、どの強国の支配も受けない、スイスなりの“中立”を政策として来ました。第二次大戦後だけでも、何十万人もの外国人を受け入れ、社会に同化させてきました。そのためのルール、具体的ノウハウも、教育、社会政策など、随所に蓄積されています。

そもそも、スイスは国の起源からして、規模こそ小さくても最初から多民族国家でした。スイス民族も、スイス語もありません。「ヘルベチア連邦」(スイスの正式名称)の名の下に、多数の州(カントン)が、異なる言語や文化を互いに容認し合い、一つの連邦として、近代、現代の欧州を生き抜いて来ました。

その流れは今も続いています。ジュネーブにも、いろいろな理由で外国から移り住んだ人々の二世、三世がスイス国籍を取得し、スイス人として根付いています。彼、彼女たちの国籍はスイスですが、従って「スイス人」と呼ばれる人々ですが、その祖先の出身地がスイスではないのです。その意味で、 彼、彼女らもまたジュネーブという土地の国際性を形成しているのです。

そういう人々は、ジュネーブには大勢います。おそらく、何十万人の単位と言ってもいいのではないでしょうか。私の友人や知人が、たまたまそういう人々の一人だったと知るとき、私はこの街の奥行きの深さに打たれるのです。

そんな人を一人、ご紹介しましょう。

リディアさん、私の友人です。彼女はボー州(ジュネーブの隣の州 )の生まれで、スイス国籍を生まれたときから持っています。

母方の祖父母は、旧ユーゴスラビアから、戦争の難を逃れ、子どもを連れてスイスに移住。遠い親戚を頼ってベルン(ドイツ語圏スイス)まで来て、そこに定住したそうです。

その娘である母は、スイス人との結婚をきっかけにフランス語圏スイスに移住。その時にリディアさんは生まれました。

リディアさんの母親はユーゴスラビア人ですが、リディアさんは、フランス語しか知りません。なぜなら、母親は家では決してユーゴスラビアの言葉を子どもたちに話さなかったからです。当時のスイスでは、ユーゴスラビアは共産圏と見なされていました。彼女は何度も肩身の狭い思いをしたのでしょうか。自分たちが安全にスイスで暮らすためには、スイスに同化することです。だから、彼女は子どもたちにスイスの言葉だけで教育しました。

そしてまた、リディアさんの母親自身も、必死でスイスの言葉である独仏語を学んだそうです。「母は今でもユーゴスラビアなまりのあるフランス語を話すのよ」と、リディアさんは語ってくれました。

こうして、リディアさんは、ユーゴスラビア人を母にもちながらも、スイス人として育ちました。

ところが意外なことに、彼女の夫はユーゴスラビア人だそうです。リディアさん自身は、ユーゴスラビアとは、文化的にも地理的にも切り離されて育ったというのに。そうなった彼女の内心は私には、とうてい推し量れません。それでも、彼女のように公式に、スイス人としてジュネーブに暮らす人々の中には、程度の違いはあっても、スイスの他にも、他の土地の文化や、血縁を持つ人は、決して少なくないのだろうと想像を馳せます。

「あなたは何人」と、単純に言えない人々が大勢いるという現実に、ジュネーブではあちこちでぶつかります。リディアさんの他にも、いろいろな事情から、自身の育って来た過程に、いくつもの国、いくつもの言語が交錯している人々が、大勢います。そういう人が大勢いるのがジュネーブであり、スイスという国なのです。

そういう人々は、育つ過程で多かれ少なかれ、国際感覚をごく自然に身につけています。ジュネーブは、そういう人々の大勢住む、筋金入りの国際社会といえます。

このような人々は、国連を中心とする国際社会とはやや違う場所にいます。多言語、他人種からなるジュネーブ、スイスの社会を理解しようとするとき、こういう人々が「スイス人」として大勢暮らしていることもまた知っておかなければならないと思うのです。

掲載: ITU ジャーナル Vol. 43, No. 8, 2013年8月号

ジュネーブと国際会議と(4)国際会議のお手本——先輩の方々

私がITUの会議に出席し始めた頃、日本代表団としてご一緒させていただいた先輩方からは、数え切れないほど多くのことを教えて頂きました。その方々はきっと、私に何かを教えようとは意識していらっしゃらなかったと思います。けれども、国際会議1年生の私にとっては、先輩の皆さまにとって当たり前のこと一つ一つが、すべて勉強でした。

K社のOさんは、当時既にCCITT(現ITU-T)SGII副議長の要職に就いておられました。会期も大詰めに近づくと、分科会で出された結論を持ち寄ってSGII全体で討議する、大きな会合が始まります。その会議で、Oさんは議長団の一人として、いつも壇上の席におられました。私が遠くから拝見すると、長身で細身でいらしたOさんは、いつも口元に穏やかな微笑みを浮かべておられました。

それだけでも大変なことなのに、どうでしょう!Oさんが、言葉を選んで、静かに、ご発言を始められると、大勢の参加者がシンとして耳を傾けるのです。今まで、お互いに強い言葉で、激しい議論をしていた人たちが。

Oさんは、柔らかいお声で、ゆっくりとお話しされます。英語はお上手でしたが、立て板に水のような話し方ではありません。そのOさんの言葉を一言も聞き漏らすまいとするかのように、会議場にいる人々が、 一心に耳をそばだてています。

それを目の当たりにして、話す内容に実があれば、人は一生懸命に聴くのだとわかりました。英語のうまい下手、声の大小ではないのです。Oさんのそういうお姿に、国際会議1年生大いに励まされました。

ITUに限らず、多くの国際会議は英語で進められます。英語が自分の言葉である人たちが会議に馴染みやすいのは自然なことです。同時に、発言や提出文書の論理の組み立て方も、どこか英語文化の影響を受けてしまうものです。

けれども、国際会議は長丁場です。焦らなくて良いのです。会議は、時間をかけて議論し、相手の発言に耳を傾け、必要なら根回しをするプロセスでもあります。Oさんのように、ご自分のお考えをゆっくり話す方が、英語が母国語ではない大多数の会議参加者にとっては、発言が分かり易くて良いのです。発言内容を理解されるということは、国際会議では大きな強みです。発言の内容自体が参加者の役に立つものであることは、言うまでもありませんが。

もうお一人、Oさんと同じK社のTさんにも、そのお仕事ぶりに多くを勉強させていただきました。

Tさんは、私が出席していた研究会期に、クレジットカード通話利用手順の標準化をテーマにする、ワーキングパーティー(WP)の議長を務めておられました。私も会期の初めからこのWPに参加して、勧告案(ドラフト)作成作業を経験しました。

当時のCCITTでは、各研究会期の初めに、勧告案作成のために課題別のWPが作られました。つまり、WPの仕事が、同じ時に一斉にスタートするのです。

ところが、会期を重ねるにつれ、各WPの進捗状態に差が出てきます。競争するわけではありませんが、勧告作成の進み方の速いWPと遅いWPが出来てくる。

その中で、Tさんの議長を務められたWPは、一番進捗の速いことが誰の目にも明らかになってきました。

Tさんは、WPメンバーの誰よりも沢山仕事をされるのです。Tさんはいつもドラフトを用意して会議に臨んでおられました。勧告書の作成ですから、その文案は一語一語慎重に検討されます。その議事を捌き、修正案を提案するのは彼。修正が合意されると、その文案を盛り込んだ、第x版勧告書案を作成するのも彼。WPの進捗状況報告を書いて、SGII議長に提出するのも彼。

そういうTさんの、お仕事ぶりを終始拝見し、建設的な意見を提案する人間が、結局は会議を引っ張っていくことがよくわかりました。新しい勧告を作るという、いわば無から有を作る任務を負った会議の場合、その議長の仕事は、次々に具体案を提案していかなければならないのだと思いました。

私はたまたま他のWPメンバーでもありましたが、その議長はTさんのような仕事の仕方をしていませんでした。彼は、「WPメンバーが、勧告案を提案してくれない」とぼやいていましたけれど、勧告案作成は全く前に進みませんでした。

その他にも、国際会議のお手本を見せてくれた先輩方は、大勢おられました。

私が参加するまで、日本代表団のたった一人の女性メンバーだったNさん。緊張してカチコチになっていた私には、誰とものびのびお話しをされるNさんのお姿が、お手本となりました。

K社研究所でISDNを担当しておられた、闊達なIさん、SGIII(国際電信電話料金)で、議長として素晴らしいバランス感覚を発揮され、ともすれば縺れがちになる議論を見事に捌いておられたMさん、国際電話料金の専門家として当時から重みのあったSさんなども、皆、尊敬する、国際会議の大先輩でした。

掲載: ITU ジャーナル Vol. 44, No. 7, 2013年7月号