ICTでボランティア、 BOINC — 欧州ICT社会読み説き術 (5)

2011年の日本は、東日本大震災とそれに伴う原発の大事故により、歴史に残る年となった。石油を輸入に頼る国が、原子力にも頼れないと知り、しかも津波、猛暑、台風という自然災害の危険と共に経済発展を支えていかなければならないことを、再確認させられた。日本は、従来の経済、産業、生活の在り方すべてに、発想の転換をする時期にきている。

日本の変化のうねりは、遠くヨーロッパからも見て取れる。東日本大震災の後、日本の多くの人々は、「自分にできることをしよう」という気持ちを強く持つようになったようだ。「絆」が、昨年の国民的キーワードになったように。人が一人称でモノを考えるとき、変化が起きる。現に、日本にも被災者支援や、被災地復興のために、多数のボランティア活動が誕生している。

ICTを使う人々が、日本の為、もっと広く人類のために個人でできることをするとしたら、何があるかと考えたとき、BOINCが閃いた。

BOINCとはBerkeley Open Infrastructure for Network Computing(バークレー オープン インフラストラクチャ フォー ネットワーク コンピューティング)の略語である。日本語ページも充実してきているので、もっと深く知りたい読者には、こちらのリンクを紹介する。   (画面上部、BOINCのロゴのあるバーの中央に、言語選択機能があります。そこから日本語を選択。)

パソコンは、人が使わないときにはスクリーンセーバーが作動している。パソコンからすれば、人がキーボードに向かっていない時にも、スクリーンセーバーを動かすという演算処理を行なっているのだ。その演算処理能力を世界中から何千何万台分集めて、大きな計算をさせるのが、BOINCというソフトウェアのチカラと思って頂きたい。世界中にある膨大な数のパソコン、その力を何千何万台分集めると、スーパーコンピュータ(スパコン)を上回る演算能力となる。

一台のスパコンに膨大な量のデータを集めて複雑で大きな演算をさせるのではない。演算式を細分化し、無数のパソコンに送り込む。その結果として大きな仕事を達成する。発想の逆転である。

BOINCは現在、マラリア感染過程の解明や(スイス熱帯医学研究所)、天体の謎の解明など(カリフォルニア大)、人類に役立つ科学研究に多用されている。このような研究には、膨大な演算が必要になる。BOINCを使う科学者はその演算ジョブを細分化し、個々のボランティアたちのパソコンに送り込む。演算の結果は、その科学者の手元にあるサーバーにパソコンが送り返す。そのパソコンがまだ暇な場合は、更に次のジョブが送り込まれる、という具合。ボランティアたちのパソコンと科学者のサーバーを繋ぐのは、インターネットである。

このような、演算形態–ディストリビューテッド・コンピューティング—自体は新しくない。現在も、一つの企業内や、共同研究を行う研究所間といった、あらかじめ決まった、閉じた集団の中で多用されている。だが、BOINCの画期的なところは、自分のパソコンを使ってもいいよという無数の市民ボランティアを、科学研究の為に広く巻き込んでいるところだ。BOINCが、ボランティア・コンピューティングとか、シチズン・コンピューティングと呼ばれる所以だ。「科学を市民の手に!」である。

このような仕組みを持つBOINCには、社会的にも革命的な意義がある。それは、コンピュータ利用の平等化である。

今まで、科学者や、研究機関はスパコンを利用したければ、高額なお金を払って自ら購入するか、またはそれを持つ他の機関に借りるほか無かった。ここに、いやおうなく、持つものと持たざるものとの間に、何らかの差の生じたたことは、想像に難くない。

ところが、BOINCを使うと、誰でもが低コストでスパコン同様の機能が利用できる。BOINCソフトは無料でダウンロードできるし、パソコンの演算能力はボランティアが無料で提供してくれる。つまり、研究予算の乏しい発展途上国の科学者や、研究所内のルールにより、スパコンをおいそれとは使えない研究者たちが、自分たちのスパコンを手にするようなものなのだ。

パソコンの持ち主である市民ボランティアにとっては、BOINCは時間もお金もかからない社会貢献となる。自分が何もしないときに、パソコンが働いてくれるのだから。

BOINCに参加する人々には、様々な動機がある。筆者の調査したマラリアプロジェクトの場合、技術が好き、医学の進歩に関心がある、という理由の他に、自分の体験からマラリア患者とその家族の苦しみがわかるから、という動機で参加した人も多かった。

パソコンが自動的に実際のボランティア活動をしてくれるものの、パソコンを提供する人たちは、決してコンピュータ オタクではない。前述の調査から、彼、彼女らは、 BOINCに参加した動機は違っても、同じクラブに入った者同士、横の繋がりを求めていることがわかった。これは、人が実際に行う通常のボランティア活動と同じではないか。BOINC参加がきっかけになって、ボランティアたちがリアル世界でも気持ちの通じる仲間を増やしていって欲しいと思う。

掲載: NTTユニオン機関誌「あけぼの」2012年3月号

掲載原稿はこちらをご覧ください。

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