情報化社会の「進化の方向」 ー 欧州ICT社会読み説き術 (12)

使いやすいウェブの普及に情熱を傾ける人たち

11月8日は、世界ユーザビリティの日だった。その日、ジュネーブでは、小さいながらも熱気のこもったセミナーが開かれた。テーマは、「金融サービスのウェブ ユーザビリティ」。スイス第二の金融ビジネスの中心、ジュネーブにふさわしいテーマだ。主催はテロノ社という調査会社。小さいが、ウェブの使いやすさを評価し、ウェブを持つ公共機関や企業などにアドバイスする志の高い会社である。社長以下、社員は若い人ばかりだ。

ウェブサイトの利用しやすさ

ウェブのユーザビリティとは、ウェブサイトの利用しやすさを評価する言葉である。この言葉は、ウェブサイトの「使い勝手」や「使いやすさ」を指す概念として、近年会社、公共機関や個人のウェブサイトを制作する人々に知られるようになった。

ウェブのユーザビリティは、大まかに言って、「見やすさ、わかりやすさ、使いやすさ」の三つの側面から評価されている。

「見やすさ」には、利用者に余計な負担をかけない画面構成、色彩、文字の大きさや配置などを指す。

「わかりやすさ」とは、ウェブサイトを使う人が、「自分の捜す情報を容易に見つけられる」「自分がサイトのどこにいるか分かる」ということである。

「使いやすさ」には、見やすさ、わかりやすさと重複する点もあるが、どちらかというと、ウェブ利用者の主観的満足度に関係が深い。どの項目をとっても、その大切さはウェブ利用者としての経験からも充分に納得されると言えよう。

このような、利用者の便宜を尊重する考え方が広まっていることは、ウェブが仕事や暮らしに無くてはならない存在にまで成長した証と思えて、喜ばしい。ウェブの普及と共に、使いやすいサイトでなければ、ビジネスチャンスを失いかねないことが、サイト提供者に広く理解されてきたためでもある。

ユーザビリティに関連する概念に、アクセシビリティがある。アクセシビリティは、この連載でも、第八回(6月号)で取り上げた。ウェブサイトは、アクセスしやすく(アクセシビリティ)、かつ使い勝手が良くて(ユーザビリティ)初めて人々の役に立つと言えよう。

セミナーで興味深い報告が

今回のウェブ ユーザビリティ コンファランスでは、フランス語圏スイスの金融機関のサイトについて、興味深い調査結果が発表された。

テロノ社は、三つの主要な銀行各行の住宅ローンサイトを調査対象に、そのユーザビリティを調査した。住宅ローンのウェブサイトを選んだ理由は、それが銀行にとっては、長期間に亘る大口顧客獲得のきっかけになる、大切なサイトだからである。

まずテロノ社は、年齢30代から50代の男女9人のモニターに各銀行の当該サイト上で、次の三つの課題に取り組んで貰った;

  • ウェブサイト内で住宅ローンの計算システムを見つける
  •  実際にローンを計算する(計算に必要なデータはあらかじめテロノ社から与えられている)
  •  銀行への問い合わせ先を見つける

モニターが課題に取り組んでいる間、テロノ社は、ウェブページ上の視線の追跡(トラッキング)を行い、また、ウェブページ上で集中して視線のさまよう箇所(ヒートスポット)はどこかを特定して、サイトの使いやすさの程度と、問題点を明らかにしようと試みた。

好かれるための3条件

このような定量調査結果と、モニターからの聞き取り調査の分析から、テロノ社は、ウェブが利用者に好かれための三つの条件をあげている:①ウェブサイトにある情報が何なのか分かり易いこと、②用語が平明なこと、そして③そのサイトの目的にふさわしいデザインであること。

また、ウェブ作成者(この場合は銀行)への提言として、利用者の精神的負担を減らすことと、利用者と同じ言葉を使うことの必要性をあげた。

ウェブサイト上で何か作業を行うことは、それ自体、ある程度の緊張、つまり精神労働を要求される。その負担を減らすために、利用者の情報入力量を最低限に抑えること、また利用者が迷ったときには、ウェブ上で適切な助言を与える仕組みを作っておく必要があるというのだ。

また、用語の問題として、金融専門用語や、自社のサービス名を使わず、誰にでも分かる一般的な用語に言い直すこと、及び、言語圏の好みに合わせてサイトに修正を加える必要性をあげている。専門用語の方はどの国でも同様だが、言語圏によるウェブサイトの好みや利用習慣の違いを、サイトに反映せよと提言しているところは、いかにも多言語国のスイスらしいニーズだ。

私は、この調査がテロノ社の自主調査と知って驚いた。銀行がスポンサーについたわけではないのだ。

テロノ社に見られるように、今では、生まれたときからICT社会を呼吸してきた世代が大勢ICTビジネスを開拓している。彼・彼女らは“ディジタルネイティブ”であり、ICTはあって当たり前。その人々が、ICTという道具を、使う人に近づけようと、このようなセミナーを開くなど、自らの意志で行動を起こしている。またそれをビジネスに繋げてもいる。

そういう人々が増えるに従って、社会がウェブを見る目は変わってくるに違いない。情報化社会にあって、ウェブは無くてはならないツールだ。だからこそ、ウェブを使い慣れない人にも、ICTに苦手感を持つ人にも使いやすく、分かり易くなければいけない。

先に挙げた銀行のウェブサイトにも言えるように、私企業のウェブサイトであっても、そこには不特定多数の人の便宜を図るという、公共の使命がある。そのことは、徐々に、しかし広く理解されていくだろう。それは情報化社会の進化の方向でもある。

掲載: NTTユニオン機関誌「あけぼの」2012年12月号/2013年1月号

掲載原稿はこちら。

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