ジュネーブに広まる公衆無料Wi-Fi ーー欧州ICT社会読み説き術 (22) ((o)) ville-de-geneve

ジュネーブ市の来年の予算の目玉の一つは、公衆Wi-Fiサービス向上、と新聞報道で知り、筆者は我が意を得たりと思った。それというのも、帰省した日本にで、Wi-Fiの壁に突き当たった、苦い経験があるからだ(「いつでも?どこでも?だれとでも?の巻」、あけぼの2012年2月号)。

ICTが街のインフラの随所に使われる一千万都市東京で出来ないことが、人口20万人のジュネーブ市では出来ている。それはなぜだろう?この素朴な疑問を持って、市の公衆WiFi普及責任者、サヴェリオ・リベルト氏を訪ねた。そこで見えて来たのは、いかにもスイスらしい、公平精神に裏打ちされた、地道な政策だった。

ネットアクセスの民主化

ジュネーブ市の公衆Wi-Fi サービスは、2004年に始まった。

市内には、市役所関係のオフィスや、市立の図書館、美術館など、公共の建物が200から250ある。それらは、実務のために、もともと光ファイバーの専用線で繋がっていた。

2000年代初めのこと、市のオフィスや図書館などを訪れる市民へのサービスとして、無料Wi-Fiをという要望が高まった。その要望は、程なく、ネットアクセスの民主化という政策理念に発展した。

つまりこういうことだ– インターネットは生活に必要不可欠になった。利用者はアクセス料を電話会社などのサービスプロバイダに払って、その便宜を享受する。ではお金を払えない、貧しい人はどうなるか?市には、貧しい人にも公平にインターネットの便宜を与える義務がある。ここに、誰にでも、かつ無料で提供される理由がある。

こうして、公衆Wi-Fiは純然たる市民サービスとして始まり、今もその理念は変わっていない。国連欧州本部や、数百のNGO(非政府機関)を擁するジュネーブでありながら、国際会議参加者、観光客など、旅行者の便宜は当初考えてもみなかったところが面白い。ジュネーブを訪れる旅行者にとっても、誰でもアクセスできて、その上無料のWiFiは本当にありがたいのだが。

成長を続ける公衆Wi-Fi

公衆WiFiは利用者に好評と見えて、急成長している。アクセス数を見ると、2008年以降は毎年倍加している。これは、スマホ、タブレットなど、ラップトップよりも遥かに軽くて持ち運びの容易なネット端末が普及したためだと、リベルトさんは見ている。

サービス開始から約10年たった現在 (2013年10月)、ジュネーブ市内の約70箇所でWi-Fiアクセスが出来るが、今年中には80箇所になる予定だ。そのためのアクセスポイント(無線機)は290個、大変な数だ。(ジュネーブWi-Fiマップはこちらへ)

セキュリティーへの配慮

2013年8月からアクセス方法が少し変わった。ネットを利用するために、4桁のコードをまず手に入れる必要ができたのだ。これは、公衆WiFi利用者の特定を可能にすることを義務づける連邦政府指令が出たためである。万が一公衆WiFiを使った犯罪が起きた場合、その究明を可能にするためというのが、その理由だ。(註:スイスでは空港、鉄道駅でも公衆WiFi設置が進んでいる)

指令に従って、ジュネーブ市も 公衆Wi-Fiへのアクセス方法を変更した。スマホなどでWiFiネットを掴むと、まずジュネーブ市ポータルがあらわれる。そこから、自分の携帯電話番号を入力すると、すぐにSMSで、4桁のコード番号が送られてくる。

これはよくある仕組みではある。しかし、それまで Wi-Fiアクセスが全く自由だったことを思えば、利用者にとっては面倒になる。公共サービスの使命として、ICTに苦手感を持つ市民も容易に使えるシステムでなければならない。そこで、リベルトさんらは、配慮をした。そのコードは6ヶ月間有効であるうえ、ジュネーブ市の提供する公衆WiFiなら、どこでも共通としたのである。そのおかげで、利用者は、少なくとも6ヶ月間は、毎回アクセスコードを取得する手間を省けることになった。

今までのところ、ジュネーブ市の公衆無料Wi-Fiが、犯罪などに使われたりネットに不法な侵入があったりしたことは無いそうだ。何か起こるとすれば、大半の問題は、ネットワークではなく、サイト自体(児童ポルノなど)や、使い方(公共無線ネットでオンラインバンキングを使う)などにあるのではないか、とリベルトさんは語る。市では、利用者にそういう使い方をしないよう、注意を呼びかけてもいる。

開かれたWi-Fiの恩恵は?

将来は、ホットスポットの数を順次増やすと共に、現在の機器の刷新も行なう予定だ。また、これからは旅行者への情報提供も、もっと積極的に行ないたいとリベルトさんは思っている。

住人だけでなく、旅行者にも恩恵の大きい公衆無料Wi-Fiだが、今のところ、観光案内所には公共無料Wi-Fiサイトマップは置かれていない。しかし、外国旅行者の情報交換するブログには、こういう情報がちゃんと載っていて、ジュネーブの株を上げている。ジュネーブの公衆無料Wi-Fiは、市民を対象として提供されてきたが、市民以外の人々にも大きく開かれていたために、想定外の大きな利益を、利用者にも提供者にももたらしたといえよう。

今後日本は、東京オリンピックを控え、外国からの訪問者が増えるだろう。その人々から「どこでも、誰でも」使えるWi-Fiの要望は出てくるに違いない。その提供方法を考えるとき、ジュネーブの例は参考になると思う。

ジュネーブ公衆無料WiFiマップ 

掲載稿はこちら→ 欧州ICT社会 読み解き術 第二十二回、NTTユニオン機関誌「あけぼの」2013年 12月 & 2014年1月 合併号に掲載

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手作りオルゴール ー ディジタル時代に際だつ職人技、欧州ICT社会読み説き術 (20)

スイスはオルゴール発祥の地である。オルゴールの元祖は、14世紀から始まったという、カリヨン(時計塔に組み込まれた鐘)だった。その後、19世紀末に音の部分が時計から独立し、現在のようなオルゴールが誕生した。スイス製のオルゴールは、今もすべて手り。その心に響く音色は、世界中の人に愛され続けている。

ディジタル機器、ディジタル音楽全盛の時代に、伝統技術の粋、オルゴールは、どういうありかたを見せているのか?筆者は、世界最古のオルゴールメーカー、リュージュ社(スイス)の社長、クッパーさんにお話しを伺った。

世界最古のオルゴールメーカー

現在、オルゴールを生産する会社は、世界に三社だけ。中でも、スイスのリュージュ社は、150年という最古の伝統を持ち、スイスのみならず、欧州唯一のオルゴールメーカーでもある(他の2社は日本と中国)。オルゴール技術の発祥したジュラ山中にある、本社を兼ねた製造工場では、熟練の職人たちが、小さくて精密な個々の部品製造から、オルゴール組み立ててまでを行なっている。音の調整も、人の耳で行なう。

このディジタル音楽全盛時代に、なぜ今も機械式音楽なのか?多くの産業の製造ラインがコンピュータ制御で行なわれる時代に、なぜ、人手による生産なのか?リュージュ社にとりイノベーションとは何なのか?リュージュ社の社長、クッパ-さんにお話しを伺った。

伝統と新しい技術の架け橋

栗崎:リュージュ社のオルゴール製作に、ICTは使われていますか?

ク氏:リュージュ社は、伝統技術と新技術の架け橋でありたいと思っています。例えば、お客様に、ご注文されたオルゴールの音を確かめて頂くためにMP3を、オルゴール箱のデザインには、3Dデザインシステムを使っています。また、人の耳には聞き分けられない微細な音の調律にも、ICTシステムを使っています。

けれども、オルゴールの心臓とも言えるムーブメント制作工程に、ICTは一切使っていません。

オルゴールの生み出すのは、芸術と感情の接点です。お客様に喜んで頂ける最良のオルゴールを作るために、私たちは、伝統技術と新技術との最適なバランスを、常に見つけて行かなければなりません。

伝統にこだわる理由

栗崎:製造業にもICT導入が進む時代に、なぜリュージュ社は、伝統的な生産工程を続ける道を選んだのでしょう?

ク氏:食事に例えてみましょう。

宇宙船内での食事のために開発された宇宙食でも、必要な栄養は摂取できます。けれども、宇宙船内では仕方がないとはいえ、そのような食事で心の楽しさは満たされるでしょうか?

反対に、私たちが家族や友人たちと楽しく食事をする場面はどうでしょう?そこには、美味しい味付け、美しい盛りつけ、心の籠もったサービス、そして楽しい会話があります。栄養価だけではなく、その他の要素が揃って初めて、喜びが生まれます。それは、感情の伴った食事なのです。

音楽を聴く喜びも、同じです。音にも質と感情が伴わなければいけません。そのような音は、熟練の職人の手を経た工程を通して初めて、生み出すことが出来るのです。コンピュータの作る音楽には、30秒間で人の心を打つことは出来ません。

写真1 ある英国の貴人の婚礼に贈られた、つがいの歌う小鳥。オルゴール技術の粋!
写真1 ある英国の貴人の婚礼に贈られた、つがいの歌う小鳥。オルゴール技術の粋!

イノベーションはお客様の声から

栗崎:生産過程へのICT導入を考えたことはありますか?

ク氏:以前に試したことがあります。けれども、結果は散々でした。お客様からも不評を買いました。その経験から、オルゴールの音楽は、コンピュータの手に負えないことがよくわかりました。技術は目的達成の手段であっても、技術自体が目的であってはならないのです。

栗崎:リュージュ社にとってイノベーションとは何ですか?

ク氏:お客様の声をよく聞くこと、目と耳を大きく開けて、世の中を見ることに尽きます。イノベーションは、そこから自ずと生まれます。

現代は、技術発達が急速に進む反面、製品やサービスを提供する側の人々が、お客様の声を、充分に聴かなくなっていますね。技術が先走り、技術愛好者はともかく、そうでない大勢の人々のニーズを忘れていると思います。

リュージュ社は150年前に設立された古い会社です。けれども、私たちは伝統に縛られてはいません。これからも、常に新しい時代の要素を取り入れながら、伝統技術に培われたオルゴールに、新しい生命を吹き込み続けて行きたいと思います。

筆者:ありがとうございました。

写真2 iREUGE iPhone充電器を組み込んだ。電話が着信すると、オルゴール音楽が始まる、この優雅さ!

インタビューを終えて、リュージュ社は、人の心に響く音を提供するという使命を、見事に捉えてブレがないと思った。生産工程は伝統技術に支えられているが、ICTを排除してはいない。そこで問われるのは、手作業か、機械化かという二者択一ではない。リュージュ社の使命にとり、最善の技術を選ぶということだ。そう考えると、同社が決して守りの姿勢にないことにも合点がいく。

クッパ-さんは、イノベーションはお客様の声の中にある、という。ここに技術を生かすための、発想の基本があると思った。

伝統技術の生み出す音色を、リュージュ社のサイトから聴くことが出来ます。画面を右にスクロールして曲目リストに行ってください。

掲載稿はこちら→ 2013 欧州ICT社会 読み解き術 第二十回、NTTユニオン機関誌「あけぼの」2013年 10月号に掲載

空港のセルフチェックインは誰のため? ー 欧州ICT社会読み説き術 (13)

空港ロビーでの戸惑い

12月の終わりのこと、日本に帰省しようと久しぶりにジュネーブ空港に行くと、出発ロビーの景色が変わっている。まっすぐチェックインカウンターに行けない。え?

カウンターはズラリと並んでいる。そこに並ぶ人々の交通整理のために、ロープが張ってある。そこまではいつもと同じ。

ところが、そのロープで作った行列に付く手前に、セルフチェックイン キオスクが10台余り並んでいる(写真)。その機械を使って、自分でボーディングパスと、荷物札を作成してからでないと、行列に付けない。航空会社スタッフが、行列ゾーンの入り口に立っていて、そうとは知らずに真っ直ぐカウンターに向かおうとする人に、注意を促している。「まず、あの機械を使ってご自分でチェックインを済ませて来て下さい。」そうか、航空会社はいよいよ本格的に、チェックインを、航空会社から乗客の手に移そうとしているな。

私は、これから乗るA航空のキオスクを使うのは初めてだったが、何とか一回で搭乗券と荷物札を出せた。

と書いたが、実は途中で一回つまづいた。パスポートを機械に入れよ、という指示が出たときである。私のパスポートは、機械読み取り式になる以前の旧式タイプだ。試しに機械に入れてみたが反応がない。当たり前だ。そういう場合どうするか、指示書きは、スクリーンを舐めるように捜しても見あたらない。不安から、ストレスレベルが急に上がる。

思い切って、パスポート番号、発行地などをキーボードから直接入力してみた。機械はそれを受け取った。やった!ストレスがストンと音を立てて落ちる。私のような乗客の心臓のために、「人手で入力も出来ますよ」と、スクリーンに一言書いておいてくれればいいのに。

こういう小さなことでつまづくのは、私がアナログ人間で、コンピュータに弱いからだろうか、と弱気になる。いや、そういう人は私一人ではないはず、と気を取り直し、チェックインカウンターに向かう。荷物を預けるために、結局はカウンターに行かなければならないのだ。以前は、私と荷物のチェックインは、同時に同じカウンターで済ませられたのに。

20キロの重量制限ぎりぎりまで詰め込んだトランクのチェックインも、無事に済んだ。やれやれと思い、キオスクを振り返ると、大勢の人が機械に張り付いている。私のように不慣れなためか、スクリーンに表示される指示を一つ一つ丁寧に読み、考え込み、ゆっくり操作を行なう人々。2-3人の人々が操作する人を取り囲んでいるキオスクが多いが、それは帰省する家族連れか。ジュネーブには、外国から働きに来た人、移住した人が何万人もいるが、その人々が一斉に動くのがクリスマス前の数日間だ。

ジュネーブ空港
ジュネーブ空港

キオスクの導入がジュネーブ空港で始まって、10年近く経つ。順番からいうと、航空券の電子化(Eチケット)化を待って初めて、セルフチェックインの普及が可能になった。Eチケット化により、乗客のID(本人確認書類)と航空券の相互チェックを、人が紙媒体を使って行なう必要が無くなったからだ。

それでも、セルフチェックインに不慣れな乗客はまだ多い。飛行機は電車と違い、毎日それに乗って通勤する乗り物ではない。だから、慣れた人よりも慣れない人の方が圧倒的に多いのは道理だ。

私は、キオスクの前でとまどう人々を見る度に、セルフサービスは誰のためなのか、とつい考える。

航空会社にとって、チェックイン業務自動化のメリットは大きいだろう。作業を効率化し、精度を上げ、かつカウンター業務を軽減できる。

乗客のメリットは?チェックイン自動化を推進する航空会社には申し訳ないが、私の限られた経験だが、際だった利は無いように思えて仕方がない。キオスクが空くのを待ち、キオスクを操作し、更に荷物を預ける場合はそのためにまた並ぶ。二人以上で、一緒に旅行する場合はなお時間がかかる。キオスクでは複数の人は一度にチェックインできないからだ。

日本の事情は?

ところが、日本では事情が少し違うようだ。帰路にチェックインした成田空港にも、キオスクはあり、それを利用している人々もいた。しかし、ジュネーブ空港と違い、キオスクの利用を強制されはしない。私は、迷わず人手でチェックインを済ませた。その方が私には便利だからだ。

その時、チェックイン カウンターに、セルフチェックイン キオスクが一台づつ備え付けられていることに気付いた(写真)。キオスク付きのカウンターを見るのは初めでだ。ここでは人手でチェックインできるのに、何故機械があるのだろう?屋上屋を重ねるようなものではないか。

成田空港
成田空港

係の人にその理由を尋ねて驚いた。このカウンターを利用する外国の航空会社の中には、乗客全員にキオスクを使って自分でチェックインをして貰うところもあるのだそうだ。つまり、人手でチェックインしようとする乗客を水際で止めるということだ。キオスク付きカウンターは、チェックインという業務を乗客の手に移そうという、その航空会社の強い意志の表われのように、私には思えた。

文化はICTとともに

セルフチェックインの時流は、日本の空の玄関にも押し寄せている。欧州でその普及が進んだ今、日本に発着する外国の航空会社が、日本の空港でも同じことを必要とするのは、自然の成り行きだろう。

一方、日本は優れた情報技術を持っているが、同時に、お客様にはきめ細かい対応をするべしという考え方が、社会の隅々にまで根付いている。それは日本の文化だ。そういう日本に、セルフチェックインという、ある意味で、お客様の手を煩わすシステムが、根付こうとしている。その変化が、国際空港という外国との接点から始まっている。

しかし、業務の機械化自体は、新しいことではない。鉄道駅の自動改札や、銀行の現金出し入れ機は、今では日本にすっかり根付いた。 今まで日本人には高級イメージのあった空の旅も、その後を追っているといえよう。文化はICTと共に変化する。

掲載: NTTユニオン機関誌「あけぼの」2013年2月号

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