イノベーションに女性の参加は欠かせない

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社会のダイバーシティはイノベーションに不可欠だということは広く知られている。現に、外国人の人口比率が約20%を占めるなど、ダイバーシティ豊かなスイスは、世界一のイノベーション大国でもある。

そのダイバーシティの大きな要素として、ジェンダーを見落としてはならない。ところが、スイスでもこの点にはまだまだ改善の余地があるという。科学技術分野の仕事や組織の意志決定には、女性の参加率は低いというのだ。筆者は、その情況を改善するために自身の職場で、また経営におけるジェンダーバランスのコンサルを行なっている二人の女性と知り合った。ジェンダーとイノベーションはどう繋がるのか?このテーマは、わかるようでなかなか分かりにくい。

早速このお二人にお話しを伺った。

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アンドレア・ダンバーさん

二人の専門家

取材に応じてくれたのは、イノベーション支援の実務に携わるアンドレア・ダンバーさん(写真1)と、ダイバーシティラボというNGOを主宰するジョイス・ビンダ-さんだ(写真2)。

ダンバーさんはアメリカ生まれ、光学で博士号を取った後、研究を続けるために、イノベーションを次々に生み出すことで世界的に有名なスイス連邦工科大学ローザンヌ校(EPFL)に来た。今は専門を生かし、ヌシャテル州政府の産業政策の一環として、CSEMという会社でベンチャー企業に技術移転の支援を行っている。

ビンダ-さんは、ブラジル生まれ、ベルギーとイギリスで仕事をした後、スイスに移住した。英国在住中にジェンダー研究で修士号を取った経歴を生かし、スイスでダイバーシティラボというNGOを設立、今では組織活性化のためにジェンダーバランスを生かす経営のコンサルや、啓蒙活動を行っている (ビンダーさんのウェブサイト<英語>はこちらです)。

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ジョイス・ビンダーさん

女性の参加がイノベーションを促すのはなぜ?

栗崎 なぜ、女性の参加がイノベーションに必須なのですか?

アンドレア・ダンバー 理由は二つあります。

一つ目は、イノベーションは何かの境目を越えたところに生まれるからです。ジェンダー、文化、専門分野などの違う人々が集まり、それぞれなりの視点や、発想を交換し合うことから、人は物事を新しい側面から見ることに気づくのです。

二つめは、イノベーションの成果が誰にも享受できるものでなければならないからです。女性は人類の半分を占めるのですから、利益享受者としてもイノベーションを生み出す過程への女性の参加は不可欠です。

ジョイス・ビンダ- イノベーションは、異質な人々の集まるところで生まれます。性であれ、文化であれ、色々な人が社会には必要です。ものの見方、考え方の違う人々が集まり、共通の目標に向かって行動を起こすとき、そこに異質な存在との対話が生まれます。その過程で、互いに対する偏見や思い込みが外れていき、イノベーションが生まれるのです。

栗崎 何故イノベーションに関わる女性は少数なのでしょうか?

ダンバー これは欧州全体にいえることですが、採用や、昇進の決定権のある管理職の大半は男性です。彼らは女性よりも男性と働く方が容易だと思うようです。企業の役員に女性が3人以上いる場合、その企業の業績は平均よりも高いという調査結果があるのですが、採用や昇進の現状はなかなか変わらないでいます。ジェンダーはイノベーションを生むエンジンなのですが。

栗崎 スイスのイノベーションに女性は大勢参加していますか?

ダンバー 現状では、残念ながら女性の参加はまだまだ不足しています。博士号を取るまでは男女平等なのですが、企業の中では平等ではありません。意志決定に参加する女性は大変少数です。

ただ、希望はあります。米国と違い欧州では、専門職でも80%の時間だけ働くなど、パートタイムの働き方ができます。出産、育児期の女性はこのような制度を利用して働き続けられるので、女性管理職者の数はゆっくりではあれ、増えています。

栗崎 女性をもっとイノベーションに参加させるには、どんな解決法がありますか?

ダンバー 女性をあるレベル以上の責任あるポストに就けることには(経営者の)精神的なブロックが大きいのです。それを減らし、取り除くためには、マネジャーが実際に女性と仕事をする経験を積む必要があります。

各社の男女平等指数を測定し、合格点を取った企業に認証を与えるなど、男女平等の推進施策が必要ですね。

私は技術移転で企業に助言をする立場にあるのですが、担当する企業のプロジェクトに必要な人材の採用ニーズが出てきた場合は、いつも女性を推薦しています。

ビンダ- スイスにも女性管理職者の数の増えている企業があります。それらに共通している点は、社員のダイバーシティ増加が組織のために不可欠である状態だということと、社長が強力に推進していることです。ある会社などは、人事部の反対を社長が押し切りました。

栗崎 ダイバーシティからどうやってイノベーションは生まれるのでしょう?

ビンダ- カギは二つです。異なる考え方を持つ人どうしがふれあうこと。そして、その異質なアイデアを、自分の価値判断無しに受け入れる開かれた心です。そういう人々の頭に、斬新なアイデアは閃きます。これがイノベーションです。イノベーションはモノの形を取らないことも多くあります。反対に、ステレオタイプの目で物を見ることは、イノベーションの敵です。そこで思考が停止するからです。

取材を終えて

お二人のお話しを伺って、筆者は日本社会を考えた。欧州に比べると今でも日本は大変な同質社会だが、それを乗り越えるためには、日本で常識と思われていることに囚われないで物事を見る練習を日々心がけると良いかも知れない。こういう訓練は日本のイノベーション力復活に役立つに違いない。

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隠れたダイバーシティ大国スイス

スイスというと、日本では、時計、チョコレートとアルプスがよく知られている。しかし、この国が実は隠れたダイバーシティ大国であることは、案外見落とされているのではないだろうか。

スイスには正式な国名が四つある。そこからもうかがわれるように、スイスは文化の多様性の大変豊かな国だ。そしてここには、このようなダイバーシティをリソースとして活用する仕組みがある。

1.スイスのダイバーシティは国の誕生から

スイスの国土面積は41.3 km2、これは九州(35.6 km2)より一回り広い程度だ。その中に国が26あると言ったら、読者はそんな姿をご想像できるだろうか?26の共和国(州)の参加する連邦、それがスイスだ。

こういう国だから、日本では考えられないことがいろいろ起きる。例えば義務教育。これは各州の権限だ。その結果、義務教育の期間や、学校のカリキュラムという基本的なことが州によりまちまちとなる。連邦全体を通して共通の制度が無いのだ。

このような国家ができた理由には歴史的な背景がある。

スイスには、歴史を通じて終始、領主に支配されない自由民の集まりとして存在してきた。まず13世紀末、自由民の集まりである盟約者団と呼ばれる人々がスイス中央部に成立した。その後、盟約者団の地域を核に、隣接する自治共和国(現在の州)が自由意志で参加を続け、結果として今のスイスとなる地域を拡げて行った。

その途上では、宗教改革、ナポレオンによる征服など、スイスも歴史の荒波を何度も被った。それでも盟約者団に参加する自治共和国の数は増え続け、19世紀中頃に現在の連邦制度の基礎が成立するに至ったのである。

このように歴史を通じて自治権を持つ共和国が緩やかに繋がって成り立つ連邦として成長してきたスイスだが、その根本精神は今も変わっていない。スイスのダイバーシティは、国の成り立ちと不可分なのである。

2.国境も国籍も”柔らかい”社会

スイスは外国との関係もまた、緩い繋がりを巧みに保っている。ここに住むと、国境は柔らかいと、しばしば感じられるほどだ。

例えばジュネーブは、その州境の80%がフランスと接している。残りの20%で、スイスと繋がっているにすぎない。いわば、ジュネーブはフランス領内に突きだした半島のような地域だ。

そのジュネーブは、周辺のフランス領内をも含めた経済圏の中心地でもある。高速道路の入り口や国際空港付近には工業団地があるが、そこには有名な高級時計メーカなど雇用力のある企業が立地している。

そこには、フランスの隣接地域から国境を通過して通勤通学する人々が日々7万人いる。その数は毎年4−5%づつ増加し、今では10年前の約2倍となった。

写真1 越境通勤者の列
国境を通過する、フランスからの通勤者の車の列

このような越境通勤者はジュネーブ州全体の就労者の約4分の1を占める。つまり、外国人の労働力があるからこそ、ジュネーブの経済は成り立っていると言える。

国籍もまた柔らかい。ジュネーブの人口の約60%は外国人、またはスイス人でない両親から生まれた人々である。しかもスイスは重国籍を認めている。例えば、スイス人の母親とフランス人の父親を持つ子供にはスイス国籍が与えられるが、その子供は同時にフランス国籍を持つことができる。そういう人が大勢いる社会では、「あなたは何人ですか?」という質問は余り意味を持たない。

写真2 クラスメートたち
クラスは皆スイス人

3.ダイバーシティを支える合理的な行政

このような大量の外国人労働者は、越境労働許可証を持つ必要がある。その申請は、雇用者の義務である。ジュネーブの場合、人口50万人弱の州に、膨大な数のビザ発行の行政事務の負担がかかると思いきや、これが大変簡単で確実にできている。

越境労働者を雇う会社は、ビザの申請用紙を州政府のウェブサイトからダウンロードする。そこに必要事項を書き込むのだが、同じ用紙で当人の給料も申告するようになっている。次にその会社は州の銀行口座にビザ発行手数料を払い込み、その証明書を得る。最後に、それらの書類と申請する本人のパスポートコピーを同封し、州の移民局宛てに郵送する。

郵送したその日から、ビザは有効となる。つまり、越境通勤の社員は、その会社で合法的に働ける。一方、ビザ自体は、数週間後に雇用者宛に送られてくる。

この方法の優れたところは、ジュネーブ州は越境労働者の把握と共に、彼らから税金もまた確実に徴収することができる点だ。スイスでは、税額は国民の自己申告により決まるが、越境通勤者の税金だけは給料から天引きされ、雇用者を通じて州政府に支払われる。越境通勤ビザ申請の書類に給料が記入されるので、州政府は外国に住みながらスイスで働く人々から確実に税金を徴収することができる。

こういう簡素でありながら合理的な行政の仕組みが、外国人の就労を容易にしているのだ。

4.日本企業にとっての利益

ダイバーシティ豊かな社会は、日本企業にとっても利益が大きい。

まず、そういう社会は、他所から来た者にとり、入り易い。スイスでは日本企業も外国企業扱いされない。オフィスを借りるにも、地元の商工会に参加するにも、外国企業という理由で別扱いされることはない。

異文化に対し寛容な気風はまた、現地の人材採用を容易にしている。外国企業に対して求職者に抵抗感がないのだ。

また言語資源も豊かである。人々は小学校から母語以外の言語を学んでいるため、2-3の言語を話す人は珍しくない。そのため、いくつかの言語に堪能で、かつ、業務に必要な資格、経験を持つ人を採用することができる。このような語学能力は、欧州でビジネスを展開する際には必須だ。単一言語地域である北米と違い、欧州には言語が多数あるからだ。

外国人に寛容なスイスには、大学などの研究機関に世界中から優秀な研究者が集まる。受け入れる方もスイス人だけで研究開発を担おうとは考えていないのだ。そのうえ、政府が産学連携を奨励しているため、主立った工科大学には、キャンパス内にも企業のオフィスがある。その中には日本企業もある。

日本に移り住む外国出身者はこれからも増える一方だろう。そのような人々を受け入れ、文化の違いを資源としてその人々を社会に生かし、日本人と共に生きる知恵を育てていく時に、スイスのこのような地に足の着いたダイバーシティを支える仕組みは、日本にとっても参考になるに違いない。

この原稿は、「特集 ダイバーシティの活用と促進」、グローバル経営 2016年7/8月合併号、PP14-15、一般社団法人 日本在外企業協会発行、に掲載されたものを、編集部のご許可を得てこちらに転載しています。

掲載稿はこちら→  2016_07 スイスのダイバーシティ