欧州における医療・健康分野でのICT利活用事例

欧州では、医療サービスに関する情報システムの相互運用性を可能にする技術として、ICTは、異なる国、医療行政単位をまたがり活用されている。本稿では、そのような相互運用システムの代表として、患者データの多国間流通と利用を可能にすることを目指す、スマート オープンシステム (Smart Open Services for European Patients,epSOS)、病院情報システムのパイオニアであるジュネーブ大学病院の患者情報統合ネットワーク(The Clinical Information System, CIS) 及び、患者を中心に、様々な医療サービス組織のデータ標準に留意して作られた、オランダの血栓症ディジタル・ログブック (Thrombosis Digital Logbook)を取り上げ、医療現場の必要性を中心に据えた、ICTの医療、健康分野での活用を考察した。

この3つのケースから、異なる所在地、機関に所属する利用者の相互接続と、市販のICTを利用し低コスト化を図ることとが医療分野でもICT利活用の潮流であることが分かる。利用者に役立ち、使いやすいシステムを作る為には、利用者とICT技術者との共同作業が不可欠である。

キーワード: 欧州、医療、ICT、電子処方箋、病院内情報システム、相互運用、事例、スマートカード、HL7、ID, セキュリティ管理、オープンシステム 現場の知、epSOS, Digital Logbook

報告書全文はこちらです。

広告

アクセシビリティーと国際標準 (3)最終日

アクセシビリティーと国際標準会議も最終日を迎えました。

今日は、今まで二日間の議論から出てきた、アクセシビリティー技術の標準化課題を基に、行動計画を立て、その担当者(機関)決め、更にプライオリティー付けをしました。

立場の違う人々が集まっているので、活発な議論となりました。それでも、行動計画は常識的な方向に纏まったと思います。

思うに、標準化をテーマにする会議に出席するのは20数年ぶりでした。日本にいた頃、ITUの会議に出ていましたが、それ以来です。

世界の標準化の動きは変りました。

まず、気付いたのは、ITU, ISO, IECという、いわば伝統的な世界の主要標準化機関が、連携を深めたこと。今までも、ITUとISOとの連携はありましたが、今ではそこに、もともと国際機関ではなく、企業団体であるIECも入って、三つの機関の連携が以前よりずっと強まったように見受けました。

次に、標準化が、これらの由緒あるとも言うべき機関の専売特許でなくなったこと。それを、これらの機関も受け入れ、外部のステークホルダーの知識、経験、ニーズを広く集めて標準化に取り入れようとしていること。そもそも、インターネットを支えるTCP/IPなどの多種の技術は、これらの組織の外で、自主的に集った人々によって、いわば草の根的に決められ、進化してきました。サイバースペースを情報の宝庫として使えるようにしたwww (World Wide Web)も然りです。

それでも、インターネットやWWWを開発した人々は、技術専門家でした。今回の会議では更に、身体障がい者や高齢者など、身体機能を充分に使えない人々までをも、標準化についての要望、評価を聞くために加えようというものです。技術を必要とする人に聞くという姿勢は大変重要ですが、これらの機関の場合は、それが新鮮に聞こえます。今まで標準化活動が専門家にのみ担われてきたのが、アクセシビリティーという人に直接関わる課題が出てきて、標準化プロセスも参加者を多様化する必要ができたということでしょうか。

私にとっても、会いたかった人々に会えました!

WWWコンソーシアム(W3C)で、ウェブのアクセシビリティーガイドライン作りを引っ張っている、Judy Brewerさん。彼女自身も車いすの人とは、ご本人にお会いして初めて知りました。

他にも、誰にも使いやすいウェブサイトを作る仕事をしているドイツの若い技術者、JBさん。ICTにユニバーサルデザインの考え方を根付かせることにヨーロッパで一番熱心なアイルランドで、政府の立場でその仕事をしているEOさん。

また、日本で点字の着いたICカードを試作された、ICカードの専門家、YYさん。おだやかに語られるお仕事のお話からは、ご苦労、工夫の数々が覗われ、思わずお話に釣り込まれました。日本で仕事をしながら、国際標準化の活動を続けることには、言語の齟齬など、日本ならではの難しさもまたあります。私も、以前ITUの標準化会合を担当し、よく似た経験したので、YYさんのお話が人ごととは思えませんでした。

参加者の中には、全盲の方々、車いすに乗った方々が何人もおられたことは、私にとっても新しい体験でした。

このように、同じテーマに違う立場から関心を持つ人々を集めた今回の会議は、目的を達成したと思います。見解の違いをお互いに学ぶことができ、議論も豊かなものでした。

これから、標準化のプロセスは、IGF (Internet Governance Forum)のように、マルチステークホルダー方式という、色々な立場の人々が比較的自由に集って合意を形成するようになるのでしょうか?標準化の場合、最後には具体性のある技術仕様や、利用手順などを決めなければいけないので、最後には専門家がミッチリ仕事をすることになるとは思いますが。これからの変化を見まもりたいと思います。

アクセシビリティーと国際標準 (2)

アクセシビリティーと国際標準の会議、二日目です。昨日と打って変わって、私は忙しかった。ブレイクの時間に、話す人が次々にいたからです。これが会議の醍醐味です。たまたま隣に座った人が、どんな世界を持っているか、未知への探検みたいなものです。

今日の分科会では、第三グループ、e-アクセシビリティーに参加しました。その中でまた、テーマ別に分かれてブレーンストーミング。けれども、出てきた結論を見ると、大きな共通点がありました。

ー 障がい者のICTへのアクセスを向上させるために、技術標準化がどう役立つかを理解し、課題を立てるためには障がい者の意見を聞く必要がある。

ー 標準化決定プロセスも、何がどう標準化されたかという結果も、今まで部外者には全くわからなかった。それを改善し、プロセスから公表する必要がある。

ー 技術者と、利用者とは、共通の言葉を持たないことが多い。その間に立って、双方の理解を深める手助けをする、通訳のような役割を果たす人が必要である。

要するに、今までは技術を持つ人と、その便宜を享受するべき人との間にコミュニケーション不足があった。これからそれを改善しよう、ということですね。

そのことに、反対する人はいないと思います。

問題は、ICTへのアクセスに困ることのない人にとり、そのことに困る人が、なぜ困るかを理解することが、言葉で言うほど簡単ではないことです。

その議論のあったセッションの後、こんなことがありました。

カナダから来た、Black Berryメーカーの若いエンジニア、ジョンと、昼食のテーブルで一緒になりました。若い人らしい、素直で率直な人です。

彼は、これが自分のデザインしたキーボードです、と言って、最新型の美しいBlack Berryを見せてくれました。

私は、美しく整然と並んだ、小さくて精密なキーボードに感心しました。けれども、文字が小さいので、薄暗いところでは、私の目では読めないと思いました。キーの一つ一つも、使い慣れない人には小さすぎるように思います。そこで、「老眼で、キーボードの文字の読みにくい人や、指の動きの器用でない人のために、もっと大きなキーボードを作れますか?」と、ジョンに尋ねました。

「大きさ?関係ないなあ。Black Berryを使う人は、キーを見ないでタイプしてるから。」(私:え?それ、一体誰のこと?)

「Black Berryを使い慣れない人には、そんなことはできないわ。」と言うと、ジョンは、それなら、と言って、スクリーンに出るキーボードを見せてくれました。Black Berryに付いているものよりは、少し大きい。でも、やはり、私のスマートフォンのキーボードよりもまだ小さい。

「iPadのキーボードぐらい大きい方が良いわ」

「あれは大きすぎるよ。」

若いジョンには、キーボードを押すことが上手くできない人、Black Berryや、携帯電話の小さなスクリーンに写る、精密でも小さな文字を読めない、読むために苦労する人のことが、まだわからないのでかもしれません。実際には、iPadの大きなキーボードは、障がい者やお年寄りに好評という声をボチボチ聞き始めているのですが、うーん。

本文の機種ではありません。

ジョンのような反応は、彼一人でのものはないでしょう。同じようなことは、他の場合にも数多くあると思います。

これは、高齢化社会、障がい者の、情報へのアクセスを考える際の、コミュニケーションギャップの一例と言うべきか、または、彼の会社は、自社製品を使いこなせる人にマーケティング対象を絞っている、と言うべきか、わかりません。

なにはともあれ、今回の議論の中で、多くの参加者が、障がい者、高齢者など、ICTへのアクセスが充分にできない人々に、アクセス技術標準化の作業に参加して貰う必要があると指摘したことは、大切な一歩だと思います。お互いの理解と言うことは、すぐにできることではありませんが、時間をかける値打ちのあることです。それはまた、ICT成熟への道のりだと思います。

アクセシビリティーと国際標準 会議始まる。

今日、11月3日から、久しぶりにICT関係の国際ワークショップに参加しています。テーマは、”アクセシビリティーと国際標準の果たす役割”。技術標準化活動を行う、三大主要国際機関であるITU, IECISOの共催です。アクセシビリティーの中でも、身体障がい者が、日常使う様々な物品、建築物、携帯電話やウェブなどICTシステムを、何の支障もなく利用できるようにするために、技術標準化は何を目指し、なにを行うか、を取り上げて三日間議論します。

テーマが、技術と、人(身体機能に不便のある人々)とにまたがるので、双方の専門家が、世界中から集まっていて、私にとっては興味深い会議です。立場、日頃の活動領域の違う人々どうしの対話のなかから、私の目を開いてくれるような、きらりと光るヒラメキが舞い上がるのではないかしらと、ワクワクしています。

ひとつ残念なことは、ここに、日本のICT企業が一社も参加していないこと。通信キャリアも、メーカーもおられません。日本では、NTTドコモ社の出した、「らくらくホン」が、目や耳の不自由になったお年寄りに人気を博しているそうですが、それを語るのはフランス人の技術専門家。彼は、「らくらくホン」の実物を見たことがないので、話しに説得力を欠くのは仕方ありません。それでも、そういう話しが他の参加者には役立つのは、他の人々は彼よりもっと日本のことを知らないからです。

日本はー企業も個人もー日頃から積極的に、気前よく、かつ小まめに情報提供をしておかないので、こういう場面で、モノはあるけれども、人の顔のないクニになってしまいます。

ヨーロッパでは、アクセシビリティーについての欧州レベルでの法的枠組みは、既に3-4年前に整備されました。現在は、ICTの面でも公平なアクセスへの社会的関心が増え、EU加盟国やスイスでは、公的資金援助などのおかげもあり、いろいろな試みが始まっています。今回の会議では、それぞれの主催機関で扱う標準化のテーマが議論されることになっていまるが、それも、このような欧州での流れを受けてのことでしょう。”欧州は世論が固まった。では、世界に出て行こう”という時に、日本の専門家が入っていないのは、残念です。

同じアジアでも、中国、韓国の専門家は参加していました。彼らの世界を市場にしようとする意気込みが、きっとこういうかたちで現れているのですね。

スイスのブロードバンド事情

はじめに

スイスでは、ブロードバンドはよく普及しており、技術面での問題はなく、意欲的な利用者も多い。しかし、それが人の手に渡る時、多言語社会スイスならではのブロードバンドの根付き方、あり方が見えてくる。

サマリー

ここでは、最近日本からジュネーブに転勤してきた「谷畑さん」の幾つかの経験を通してスイス流ブロードバンドのありかたを紹介する。彼女は架空の人物だが、思いがけないところで完全主義、ドイツ語中心のサービス、多言語社会の現実的乗り切り方など、ここに語られる彼女の経験は、単純化してあるものの、エピソードはすべて事実である。

レマン湖に風が渡る

多言語国家のスイス

スイスのブロードバンドはよく普及している。技術に問題はない。

私の住むジュネーブでみていると、使う人々の側にも、意欲的な人は多いと思う。例えば、ジュネーブには、20年前にWWWの誕生したことでも有名な欧州原子核研究機構(CERN)、スイスで最高の研究教育機関の一つ、ジュネーブ大学等の高等科学研究機関があるが、どちらにも、なんでも先端技術を使うのが大好き!という人々は大勢いる。

また、ジュネーブには数々の国際機関や、大手外国企業のヨーロッパ本社があるが、そういう組織では、最近広報部長クラスの人々の中に、自らTwitterやFaceBookの利用者となり、それらを広報ツールとして利用する途を模索する人が増え始めた。また、マルチメディア担当のポストを新たに作り、若い人をそこに採用して、同じことをさせる企業もある。

ジュネーブは州全体でも人口46万人と、日本の諸都市に比べれば小さいが、利用者の技術を使いこなす能力、意欲に不足はない街なのだ。

だから、利用者としても、すっかり暮らしのインフラになり、普段は気にすることもないブロードバンドがすべて上手く動いている間は良い。

が、一旦なにか、普段と少し違ったことが起きると、途端にスイスらしい事情が顔を出す。そこには、スイスが人口760万人、つまり東京都よりも少ない人口の国でありながら、4つの国語を持つ多言語国で、そのうえ非スイス人の人口が公式統計で21%、実際にはもっと多いという社会背景がある。重国籍が認められているスイス、スイス国籍の他に幾つかの国籍を持つ人は多いが、その人口は公式統計ではスイス人とカウントされるからである。そこに更に、山の民の伝統を持つ国民性、みたいなものが絡む。

多言語、多民族社会の生活感覚とはどんなものか、日本という、単一言語で、日本人が圧倒的多数を占める社会にいると、どうしても実感が掴めないものだ。

少しだけ、数字をあげて説明しよう。

スイスの4つの国語の人口比は、ドイツ語が約64%と過半数を占め、フランス語が20%、イタリア語6.5%、ロマンシュ語は0.5%と続く。その他に、英語など、スイス国語でない言語を話す人口が9%。その比率はイタリア語、ロマンシュ語より多いことに注目して欲しい。こういうところ、いかにもヨーロッパの中央にあり、古来、ヨーロッパと、更にその地続きの地域から人々が往来してきた国らしい。

そういう社会の中で、ブロードバンドはどのように息づいているのか?それを、フランス語圏スイスの中心地、ジュネーブの利用者から見るとこうなるということを、「谷畑さん」の経験を通して見ていこう。彼女は日本からジュネーブに転勤して来たばかり。彼女は架空の人物だが、ここに語られる彼女の経験は、単純化してあるものの、起きたことはすべて事実である。

肝心の所に競争は無い

谷畑さんは、家が決まったので、電話とインターネットの手配をしようとスイスコム(スイス最大の電話会社)の営業所に行った。

電話は難なく決まった。インターネット(DSL)は、4つのサービスカテゴリーから「スーパーファスト」という高速メニューを選ぶ。ルーター込みで月額69フラン。これが高いか安いかは、ジュネーブに来たばかりの谷畑さんには分からない。それでも、何につけてもジュネーブの物価高に驚かされる日々、ここは無駄な抵抗はしないことにする。

電話の開通は2日でオーケー、なのにインターネットは3週間かかるという!彼女は交渉したが、 係の人はスマートな外見に反し、かたくなにダメの一点張り。

インターネット接続を提供する会社(ISP)相互の競争はあるものの、肝心のDSLの回線工事ができないわけだから、スイスコム以外のISPを選んだところで、開通までの日数に変わりはない。利用者の欲しいところに競争は無いことを、彼女は悟る。

ここまで完全主義!?

電話線は開通した。が、電話機の調子がおかしい。 谷畑さんは電話機を持って、営業所に行く。電話機の入っていた箱をまだ捨ててなかったので、それに電話機を入れていく。あー捨てないで良かった。

応対に出た営業所の人、箱の中を見て、一緒に入っていたウレタンフォームは?箱にかかっていた紐は?皆持って来て下さい。

そこまで何から何までひっくるめて持ってこいと言うの??

ドイツ語中心主義

電話を申込む時に、谷畑さんは、係の人から、今後電話会社から来る請求書など、家に送られる書類の言語を選べると言われた。独仏伊のスイスの公用語の他に、英語の選択肢がある。彼女は、フランス語に自信がない。さすが国際的国家スイス!と思い、迷わず英語を選んだ。

一月後、スイスコムからなにかの書類がドイツ語で来た!何の書類か、谷畑さんにはサッパリわからない。英語を指定したじゃないの、、。

彼女は、再び電話会社の営業所に出向く 。

あ、この書類には英語の選択は無いのです。あなたは英語を選んだのですが、英語の選択がない場合、システムは自動的にドイツ語を選ぶのです。

じょーだんじゃない。スイスではドイツ語の全くわからない人々の便宜は、無視?住所を見てよ、ジュネーブよ。フランス語圏じゃないの。気を利かせてよ、、、。谷畑さんはこうして、お客が何も言わなくても、ちゃんと気を利かせてくれる日本のサービスをなつかしく思い出すのだった。

今後こういうことのないように、あなたの言語選択はフランス語に変更しておきます。フランス語なら、周りの人にすぐ聞けるでしょう。

結局、英語のチョイスは事実上無し。次善の策だが仕方ない。谷畑さんは、困ったら同僚の助けを借りることにして、フランス語を選ぶことに同意する。

数日後、またドイツ語の通知書が電話会社から届く。それも、なにやらサインのいるような、大事な書類のようだ。しかし、ドイツ語はお手上げ。周りにもドイツ語を助けてくれる人はいない。

もーーどうなってるの?!

また営業所に行く。これで三度目。

この前フランス語に変更したでしょう?どうしてまだドイツ語なのっ?

営業所の人もさすがに気の毒そう。あれこれコンピュータを見て、調べてくれた。「わかりました。あなたに届いたそのレターは、前回、フランス語に変更してから2日後に発送されています。言語変更には3日かかるのです。」

コンピュータでしょう?顧客データの変更なんて一瞬で出来ないの!?

これがスイスの流儀かも知れない、と谷畑さんは考え始める。

いつも多言語とは限らない

ある週末、谷畑さんの自宅のインターネットが繋がらなくなる。なにかの故障かもしれない。説明書を見ると、ヘルプデスクの電話番号が書いてある。

言葉の心配はあったが、とにかく電話をかけると、仏独語の音声ガイダンスが出てくる。慌てていると、最後に英語が出てくる。ほっとして、指示通り、1番2番と選択肢のプッシュボタンを押す。

ややあって電話に出てきた人、英語を話すが、少々不慣れのようである。それでも、英語が通じることに意気を強くした谷畑さん、問題の起きたことを、相手に分かるよう、ゆっくり話して説明する。

ヘルプデスクの人は、ジュネーブ担当の技術者が来週あなたの家に見に行くという。その為には、週明け月曜日に、かくかくの番号に電話して予約せよ、と言う。

週末はネット無し。まだ友達もいないジュネーブ、週末にはウェブで「龍馬伝」を見ようと、わざわざ高速メニューを選んだのに。週末に働く技術者はこの国にはいないと諦め、月曜日朝、待ちわびて、教えられた番号に電話をかける。今度はフランス語しか通じない!!!!

相手は親切な人で、訥々とした英語で、5分後にかけ直してくれという。同僚の中から英語のわかる人を捜しておくから、と。

またお客に電話をかけ直させるのか??と思ったが、ここで文句を言ったところで、彼には通じないだろう。谷畑さんは、ちょっとあんた、、、という言葉を飲んで、電話をかけ直す。

数日後、谷畑さんの家に来た技術マンが、フランス語人であって、英語を話さなかったことは想像に難くない。それでも、彼は丁寧にDSLの接続を調査し、結局はちゃんと直してくれたのだった。

Eコマースはゆっくり成長

スイス生活にも慣れてきた谷畑さん、町のコンサートホールで、地元のスイスロマンドオーケストラ公演のポスターを見た。クラッシック音楽は大好き!ほっと一息着きたかった頃だったので、夜自宅でコンサートホールのウェブサイトを見てみた。

ここで、またびっくり。コンサートチケットがオンラインで買えない。会場はジュネーブを代表する音楽芸術のセンターである。なのに、コンサートチケットを買うには、町のチケットオフィスかプレイガイドに行く他ない。その上、これらのオフィスは、土曜日には遅くとも5時に閉まる。ジュネーブでは、お店はすべて5時にピシャッとシャッターを下ろすのだ。

こうして、食料品、新居に必要な品々等を買い整えるため、あちこちの店を廻る土曜日が、更に忙しくなる。

後日談だが、谷畑さんは、あのとき後1ヶ月待てば、演奏する本人のスイスロマンドオーケストラのサイトからチケットを買えたことを知った。そしてここでも、街をよく知らないということは、小さくて大切なことを知らないばかりに、いろいろ遠回りするものだということを知る。

外国人の思い込み

スイス生活にも慣れてきて、谷畑さんは、名刺をオンライン プリントショップで作ろうと思った。友人に聞いたウェブサイトを見ると、英語の画面が出てくる。自分の居住国を選ぶ指示があるので、「スイス」をクリックする。と、ドイツ語に画面が切り替わる。英語は勿論、フランス語の選択肢もない。

スイスに住む人は、全員ドイツ語人だと思っているのだろうか、このサイトの制作者は?こういうところに、外国人のスイス観がヒョイと顔を出す。

そういえば、自分も日本にいた頃は、多くの言語を話す人が共存する社会のあり方なんて想像もできなかったと、谷畑さんは思い出す。

国民に開かれた政府サイト

谷畑さんは、ちょっとした調べ物をするために、連邦政府のウェブサイトを見てみた。

連邦政府のウェブサイトには独仏伊英語の4カ国語のページがある。ただ、情報量もその順番になってしまうが、それでも、よほど詳しいことをウェブに頼って調べる場合でない限り、不便はないようだ。

ウェブサイトに記述された情報を補うのが電話である。連邦政府でも、州政府でも、ウェブサイトには税金、消費者行政など、各担当課のページに、担当者の氏名と電話番号が載っている。市民は、その人々に直接電話をかけられるのだ。谷畑さんは、自分はスイス人ではないので、おそるおそる電話をかけた。すると、電話に出てきた担当の人は丁寧に質問に答えてくれた!

谷畑さんは、こういうところは、国民が全員参加する直接民主制の伝統を引く、スイス社会の開かれた面ではないかと思い当たる。政府は国民の代表、という基本がしっかりしている。だから、役所に一市民が電話できるのは当たり前。この精神が、開かれた政府の基本にあるんだろうなと。

スイスのブロードバンドは、こういう社会を支えるインフラとして活用されている。人と社会と技術とのギャップは、多かれ少なかれどこにでもある。スイスにはスイスなりのギャップと、その乗り越え方があるのだ。こうして技術はその社会の色合いを身にまといながら、人と共存していく。

結びー技術を社会に生かすために

技術がある社会に根付く時、技術はその社会の有り様を色濃く反映することになる。スイスも例外ではない。多言語でのサービス提供という事実ひとつを取っても、利用者の目で見ると、サービスを与える側の見落としている不便さ、ちぐはぐなことはあちこちに出てくる。それらを、利用者の立場に立って少しでも解消することは、技術を人と社会に生かすための大切な仕事だと思う。

*この原稿は、2010年6月、KDDI総研発行誌のコラムに採用されたものです。発行者様の同意を頂きここに転載しました。

シチズン サイバースペース サミット、ロンドン, 9月2-3日 ー私が期待する理由

T 様、

昨日ご紹介したLondon Citizen Cyber Space Summite にご関心を持ってくださって、ありがとうございます。

仰るとおり、このコンファランスに出席するために、それが何者かを説明する必要があるご事情はよく分かります。私の言葉では充分ではないと思いますがーーどんなアイデアが飛び出すか分からない、ダイナミックなコンファランスを定義するのは難しいですーーとにかくトライしてみましょう。

キーワードは、クラウドコンピューティング、Distributed computing.それを利用するものの側から言うと、Distributed thinking, collective thinking. その発想のベースはSNSと同じだと私は見ています。不特定多数の人が、ネットを介して繋がる、それの生み出す力です。

Citizen Cyber Centerの志は、コンピュータの力を繋げて、大きな力にしよう。SNS (SOCIAL NETWORKING SYSTEM) のように、同学の人々が集まって、ネットで繋がって、知恵を出し合い、一人ではできない、けれども不特定多数の人の知恵を集めて、新しい知を生みだそう−ーということにあります。

性能の高いコンピューターを、それを買える人が所有する時代は終わりつつあります。ネットに繋がった無数のパソコンの余剰情報処理力を利用し、クレイコンピューター以上の演算力を生み出すことが可能になりました。ーー>BOINCを利用した、seti (at) homeはその先駆けです。その開発者、David Andersonもスピーカーとして参加します。

ということは、Citizen Cyberscience Center の一つの目標でもあるように、発展途上国の科学者とその予備軍たちにも、科学リサーチに参加するチャンスが生まれるのです。一台のスーパーコンピューターを買えなくても、学問の世界の身分制度のためにそこに手が届かなくても、自分の研究ができる。なぜなら、ネットに繋がる、ボランティアたちの提供する無数のパソコンの小さな力を膨大な数だけ集めて、大きな演算力を手にすることができるからです。コンファランスではそのような例が幾つも語られます。SETI at Home, Einstein at Home, Malariacontrol.net, etc.

一方、ネットに繋がったPCを提供するのは、何万人ものボランティアたちです。彼・彼女らはまったく個人の意志で、BOICを使った様々なプロジェクトに参加しています。人は面白がりながら、そこに参加する、、そういう事実があります。そこには、科学に対する取り組みの方法を変える、大きな可能性があります。科学は象牙の塔を出て、不特定多数の人々の提供する、大きなエネルギーを纏おうとしています。それを可能にした、または、出現させたのが、ネットの普及なのです。

ここでは、ネットワークのとらえ方が斬新なのです。ネットと情報と、知の誕生と、そういうものを分けて考えないところが、Citizen Cyberscience centereのそもそもの発想です。

このコンファランスにご参加になる方ですが、技術系の方はもちろん歓迎ですが、かといって、そういう方に限る必要は無いと思います。専門分野を超えて、マルチにモノを見られる方、柔軟な発想を積極的に楽しめる方、そんな方には素晴らしい脳の刺激になるのではないでしょうか。私が T さんをパッと思い出したのはその為です。

このコンファランスが目指すのは、アイデア作りだと私は見ています。参加者は何かを教わるのではなく、自分も参加すること、一言でいい、発言することによって、知の創造に参加すること、それが目的だと思います。

そういうダイナミックなプロセスこそ、今、ネットワークの将来を見通そうとする人々には、必要なのではないでしょうか。

今回のコンファランスには、そういうネット時代の科学、SNS時代の科学の可能性を引き出そうとする人々が集まっています。

コンファランス会場をご覧ください ーー> Anatomy Theatre Museum. 新しい発想を生み出すべく、こういう場所を作ったイギリスも、やっぱり凄いと思います。

不十分ながら、私のご説明で、このコンファランスに私の見る価値を、少しでもお分かり頂けたら、大変幸いです。

なお、私は、2日目の9月3日だけ、参加することに致しました。2日には他の用事でロンドンにいるのです。フライトを1日延長できたことだけでも、とても幸いでした。

T さんもご参加になれるますように!

氷河特急脱線事故に、日本の情報化社会を垣間見る。

2010年7月23日にスイスで起きた氷河特急脱線事故。脱線した車両に乗っておられた日本人の方お一人が落命された、痛ましい事故でした。
私は、事故直後から五日間、ある日本の報道機関の取材助手を務めたのですが、そこで図らずも、現代の日本の情報化社会のありかたを垣間見ました。
それは、7月27日、ジュネーブで開かれた、この事故のただ一人の死亡者、国本安子(やすこ)さんのご遺族の記者会見でのことでした。
出席されたのは、お二人のご家族。国本安子(やすこ)さんと負傷された国本好正(よしまさ)さんのご長男、尚(ひさし)さんとご次男、晃司(こうし)さんでした。ご遺族のお二人の、深い悲しみを抑えてのお話には胸を撞かれるお言葉がいくつもありました。この会見の模様は、マスコミ各社が報道していると思いますので、それについてはここには書きません。
ここでは、私の気付いた別のことを書こうと思います。
記者会見の最後、記者団からの質問が終わったときです。ご長男の尚さんが、皆さんにお願いがあります、と切り出しました。
「助けてください」ーー彼は確かにそうおっしゃいました。
一瞬、私には何を言おうとしているのかわかりませんでした。
彼は続けます。
我々は今、頭も心も混乱しています。手一杯。何から先にしていいか、わからない。識者や同様な経験をした人が、私たちに助言をくれるとありがたい。尚さんは、残されたご家族の、その願いを広く報道してくださいと、報道各社にお願いされたのです。
苦しむ自分たちの、今必要な人を探すために、マスコミを使う姿勢。マスコミから逃げるだけでなく、自分たちに降りかかった運命に積極的にマスコミを取り込み、その力を直面する困難を乗り切るために使おうとする姿勢。あっぱれだと思いました。私は、ご兄弟のその姿勢に清々しささえ感じました。
尚さんは続けます。もう一つ、プレスの皆さんにお願いがあります。(私たち遺族は)今後も、報道陣には協力します。けれども、私たちの生活や、周囲の人々に迷惑をかけることは止めて欲しい、と。
弟の晃司さんが続けます。尚さんはアメリカ、晃司さんは日本にお住まいです。
被害者のお名前が公表される前に、両親宅に、電話がありました。また、両親宅の写真がネットに載りました。私たちは取材に協力するつもりがあります。だから、職場や自宅に取材に来ないで欲しい。他の人の仕事に差し支えます。また、両親宅にプレスが大勢来ています。私たち家族は、両親の持ち物などを取りに行きたいのですが、そでができません。また、近所の人にも迷惑をかけています。そういうことはやめてください。
ご遺族の記者会見、最後のこの場面に、今の日本の情報化社会のありようが端的に表れていると思いました。
マスメディアは情報の規制ができても、個人メディアはできません。個人の発信した情報がネットに載れば、それは、情報が不特定多数の人に公開されるということ。つまり、個人がマスメディアを作ることになるのです。
インターネット、携帯電話など、情報インフラの発展、普及のお陰で、人が大量の情報を扱えるようになり、同時に人はメディアを使う力強さを身につけました。
他方、飛躍的に増えた個人の情報発信力が、ここでみられるように、無用に人を傷つけることにもなっているのです。人が情報メディアを使いこなす時代の明暗を目の当たりにする思いがしました。
(7月28日)