ハイチ地震–養子になった子供たち、ならなかった子供たち

A様、

お変わりありませんか?

A様は、長年、ユニセフの活動にボランティアとして関わっていらっしゃいましたね。最近の、ハイチ地震救済に関する報道を見ていて、A様なら、どうお考えになるかなと思ったことがありました。

ご存知のように、フランスアメリカでは、ハイチの地震で両親や保護者を失った子供たちを、何十人というオーダーで、養子に引き取る家庭をつのっていると報道されています。実際、先週は、フランスに第一陣、30人あまりが到着したと報道されていました

確かに、ただでさえ多かったハイチの孤児、この度の地震で、その数が急増したことは、事実でしょう。そうでなくても貧しい国、ハイチの社会は、そういう子供たちの面倒を見ることは出来ないかも知れません。ですから、孤児になった子供の何人かが、外国の志しある人々に保護され、愛されて育つ環境に移ることができたことは、喜ぶべきことなのでしょう。

けれども、私には、その養子のニュースが、美談だけとは聞こえないでいます。なにかが心に引っ掛かります。

地震後の混乱の中、人道の名の下に、子供たちが、自分の幸せを、自分で判断できないまま、国外に連れ出された、ということもまた、あったのではないでしょうか?

更に、報道されない大きな問題があると思います。それは、ハイチに残った、養子にならなかった多数の子供たちです。怪我をして、顔を傷つけられたり、手足を失った子供たち。病気や、栄養失調の子供たち。その上両親まで失った子供たち。孤児は、報道に出てくるような、愛らしい子供だけではないと思うのです。

外国の里親に引き取られた子供たちには、幸せにすくすく育って欲しいと思います。ただ、テレビやウェブサイトを見ていると、先進国の報道は、自国の善行だけを語っているのではないかと思うのです。その心温まるニュースの反対側にある、報道されない子供たちはどうなっているのかしら、と。性急に里子に出される子供の気持ち、もしかすると生きているかも知れないその親や兄弟姉妹、さらに、里子としての「商品価値」の無い子供たち(いやな言い方ですが、私の意図をお酌み取り下さい)を、だれが守るのか?

子供の人権を守るのがユニセフの使命ですね。そこで、ユニセフのサイトを見ましたが、里子に出される子供の人権のことに、はっきり触れた報道発表は見あたりませんでした。敢えて、近いと思うのが、1月19日付け報道発表の中の、この部分です。ユニセフ、Executive Director, Ms Ann Veneman の言葉です。

UNICEF concerned for the safety of Haiti’s most vulnerable children

Statement by UNICEF Executive Director Ann M. Veneman on the situation of children in Haiti

“These children face increased risks of malnutrition and disease, trafficking, sexual exploitation and serious emotional trauma,” said Ms. Veneman. “The race to provide them with life-saving emergency food and medicine, safe shelter, protection and care is under way.”

今こそ、ユニセフには、先進国の裕福な家庭の人々の善意が届かないところにいる、多くの子供たちに、彼、彼女らが成長していくための手をさしのべることを、期待したいと思います。

寒さの増す東京、お風邪を召されませんよう、お元気でお過ごしくださいませ。

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社会起業家の潮流はテレコムにも – ITUテレコムワールド2009

 

昨年(2009年)十月、ジュネーブで ITUテレコムワールド2009が開催された。そこで出会った人々は、先端技術の展示と同じぐらい、印象深かった。

ビクター、自由化をタンザニアに根付かせたい

ビクターは、タンザニアの電気通信規制庁で、国内通信部次長という肩書きを持つ、クルクル動く丸い目が、人なつこい印象を与える人である。私の質問に応えて、タンザニアの自由化された通信市場、急成長するモバイルバンキングサービス等について説明してくれた。そのどれもが大変興味深かったが、特に印象に残ったのは、最後に彼が言った、「いやあ、(自由化も)ここまで来るのは大変だったよ」という言葉である。

ビクターは、当時国有だった電話会社に入社、会社から派遣されて、イギリスに留学、財政学を勉強。その後、一旦タンザニアに戻った後、今度はインドの電気通信規制庁に派遣され、そこで、電話会社の財政を、一ヶ月間、実地に研修した。

彼がイギリスに留学した頃、通信市場自由化は、イギリスでは当然のことだった。ところが、タンザニアに戻ると、電話会社の同僚たちは、「自由化?何を言ってるんだ」という空気、自分は誰にも理解されなかたっという。私も、当時のアフリカ諸国の電気通信政策が、堅固な独占一点張りだったことを知っているので、彼の気持ちは良くわかった。

タンザニアの通信市場は2005年に自由化されたそうだが、タンザニアの場合、法律上の通信自由化と同じ時期に、携帯電話が急速に普及、固定電話に取って代わったことが、政策担当者にも、電話会社にとっても、自由化を受け入れ易くしたのではないかと思う。試しに「固定電話の頃にあなたの職場で仕事をしていた人たちと、今の同僚とは違う人々じゃないの?」と聞いてみると、その通りだという。通信政策担当者も、携帯電話という新しい市場と取り組む、新しい人々に取って代わったのだ。

ビクターは、昔が嘘のようだという。それも、さほど遠い昔ではない。今では、南部アフリカ諸国の電気通信規制担当者同士が、問題点を話し合い、経験を交換する場ができた。彼はそこに出席し、今も研鑽を続けている。

トビアス、自分を信じてリスクをとった

タンザニアのモバイルバンキングサービスについて知りたいなら、この人、と紹介されたのが、トビアス。長身、ダイナミックな若いベンチャー企業経営者。話しをしていても、反応が早くて具体的。

彼がビジネスパートナーと共同経営する会社、E-フルシ アフリカは、タンザニアで最初に、携帯電話用バンキングサービスシステム、モビパワ(MobiPawa)、を作った会社である。今、アフリカで急成長する、モバイルバンキングサービス。銀行口座を持たない、持てない人々が人口の70%を占める社会で、安価で加速度的に増加する携帯電話を使った、少額のバンキングサービスがそういう人々のニーズを捉えた。

とはいえ、5年前にトビアスと仲間たちがモバイルバンキングシステムの開発を始めた時、誰も今のような成長を予測していなかった。資金を貸してくれる人もなかった。それでも彼らは、このサービスは成長すると信じ、自己資金で開発を開始、何度もテストし、利用者の意見を聞いて改良を加え、1年半かかって完成させた。「楽観的でいることさ」とトビアス。「利用者の声を聞くことは、開発に必須」とも。次のチャレンジは、音声応答を使った保健サービスだと言う。

アンヌ、社会事業をビジネスに

アンヌは(写真右側)、ペシネットというNGOを主宰する、 小柄でにこやかな女性で

Pesinet Stand, ITU Telecom 2009

ある。ペシネットの仕事は、ゼロ歳から5歳までの乳幼児を対象に、予防医療サービスをマリの農村に提供すること。この年齢の子供に予防措置をとることにより 子供の死亡率は大幅に減らすことができる。その結果、家庭と政府にかかる医療費負担も減らすことができる。

彼女と話してみて、驚いたことが二つある。

その一は、ペシネットの事業が、収益を上げ、サービス従事者の給料を払うと共に、それを事業の拡充、拡大に使う仕組みを持っていること。つまり、ペシネットはビジネスモデルを持った社会事業である。

ペシネットは、いわば、地域限定の会員制医療保険会社として機能する。ペシネット利用者は、毎月1ユーロの利用料金を払う。ペシネットのサービスを利用する家庭には、訪問員が毎週訪れて、子供の体重、その他の健康状態を記録、その場から、携帯電話記録を使ってデータを地域医療センターに送る。医療センターには医師がいて、子供一人一人の健康データをモニターする。病気の兆候が見られると、すぐに訪問員に連絡、訪問員はそれを家庭に伝え、それを知った両親は、子供を医者の診察に連れてくるのである。その医療費は会員の払った月額利用料で賄う。

更に驚いたことに、ペシネットを立ち上げ、マリの農村でちゃんと機能するようになるまでに至る2年間、アンヌは、別のNGOでフルタイムで働いて生活費を得ていたという。NGOであれ、一つの事業体を立ち上げるのは、たとえ給料を払われなくても、それ自体がフルタイムの仕事である。関連する政府機関、各種団体との折衝、ファンドの申請等、無数にある仕事のどれもおろそかに出来ないし、時間がかかる。それを、フルタイムの仕事の傍ら続けてきた!「あの時は、夜も週末もなかったわ。ずっとペシネット立ち上げの仕事をしていた。」と、アンヌはにこやかに語る。

私が、社会企業(Social Entrepreneurship)、社会起業家 (Social Entrepreneur)という言葉を初めて聞いたのは、今年初めだった。トビアスやアンヌのような人々に出会い、その意味が、今、分かってきたように思う。チャリティーでなく、それがビジネス、収益を上げながら、社会に役立つことを事業として運営する。そして、そういう人々が活動できる環境を支えるのが、ビクターのような人々なのだ。自分の信じることを事業に、その事業をビジネスに。それは、義務でなく、自己実現としてのビジネス。通信はそういう生き方を選ぶ人々の役に立っている。

この原稿は、BHNテレコム支援協議会の機関誌、「クロスロード」第37号に寄稿したものです。

人と社会に根付く情報通信技術 ― ITUテレコムワールド2009

もう10月のことになりますが、今年のITUテレコムワールド2009の展示会に三日半たっぷり通い詰めました。色々な人と話し、色々なモノを見てきました。その時に考えたことを、皆さんにもご紹介しようと思います、

原稿は、情報通信技術を人道援助や人材育成に役立てる活動を行うNGO, BHNテレコム 支援協議会のメールマガジン、11月5日号に寄稿したものです。

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10月5日から9日まで、ジュネーブで ITUテレコムワールド2009が開催されました。今回は、私にとっては4度目の訪問でしたが、ITUテレコムワールドは大きく変わりました。 “人と社会に根付く情報通信技術 ― ITUテレコムワールド2009″の続きを読む

IGF(インターネット・ガバナンス・フォーラム)

11月14-18日、エジプトで開かれた、インターネット・ガバナンス・フォーラム(IGF)に、パネリストとして参加しました。参加したワークショップは、モバイルウェブ。発展途上国に、如何にしてモバイル・ウェブを役立てるか、5人のパネリストが様々な角度から議論しました。

その終了後、第一声です。これは、出張費を援助して下さった、日本のNGO, BHN テレコムへのご報告です。(2009年11月17日付け)

”今し方、Sharm el-Sheikh(エジプト)で開かれたInternet Governance Forum (IGF)から戻りました。

WSISが大きく発展し、世界的なフォーラムに成長しつつあること、ワークショップのテーマが多岐に亘っていること、エジプト政府が、情報システムを使いこなす若い人材の育成に、国を挙げて努めていることに、印象づけられました。

私のプレゼンテーションにも、質問や、コメントが幾つかあり、関心を持って頂けて、とても嬉しかったです。途上国にモーバイルウェブを持ってくることは必要だが、今、最も役に立っているラジオと組み合わせて使うなど、一足飛びの情報化ではない、段階を踏んだ変化を政策担当者は誘導することも視野に入れるべき、という点には、途上国の参加者の共感がありました。また、カンボジア在住の方ですが、私が後日、BHNについてご紹介する約束をした方もいらっしゃいます。こちらのフォローは、出来るだけ早く致します。

同じパネルに参加した、Tim Berners-Lee氏(ウェブの発案者として名高い)は、今回のIGFで、ワールド・ワイド・ウェブ・ファウンデーション(財団)発足の正式発表をして、マスコミの注目を集めました。この財団の目的は、モバイルウェブを使った途上国支援、技術移転、人材育成などです。BHNとの将来の提携の可能性も念頭に置いて、この財団の成長を見守ろうと思います。財団本部がジュネーブに置かれること、今回の会合で、Tim Berners-Lee氏のほか、財団の事務局業務を担う方たちと知り合えたことも、プラスにしたいと思います。

こういう色々な体験をさせて頂き、これからの仕事の栄養にさせて頂けたのも、野中様はじめ、BHNの皆様の暖かい応援を頂いたからこそです。私のIGF参加を実現させて下さって、本当に有り難うございました。”