「ネット投票」浸透への道のり ー 欧州ICT社会読み説き術 (18)

今年から日本でも、ネットを使った選挙運動が始まった。これは、国外で投票する私には凄い朗報だ。政党や候補者の意見や政見をネットで検索できる。そのうえ驚くほど多様なサイトがある。複数のサイトから得た情報をもとに、誰に投票するかを多面的に考えられる。これはありがたい。

ところで、こちらジュネーブでは、インターネットを使った投票が行なわれている。今回は、ジュネーブで行なわれているインターネット投票 (e-Voting)について、その誕生以来、今日まで12年間、普及と改善に取り組んできたミシェル・シュバリエさんに取材した。

ネット投票のデモを体験

ジュネーブ州のウェブサイトに、e-Votingのデモンストレーションシステムが載っている 。このデモシステムには、スイスの四つの国語の他に、英語版まである。(さすがはスイス!)

デモシステムによると、ネット投票は概略このように進む:

(1) e-Voting のサイトに行き、まず投票用紙番号、投票者ID(氏名、生年月日)を入力する。

(2) すると画面が変わって、投票事項が表示される。このデモシステムは、レファレンダム(国民投票、住民投票)の例なので、投票者はある事項について、イエス、ノーを選ぶ。(これが議員の選挙なら、マウスで名前を書くそうだ。)

実際にやってみると、驚くほど簡単だった。これなら初めてネットを使って投票する人でも、またフランス語が多少苦手な人でも、とまどったり、間違ったりしないだろう。ジュネーブの住民にはフランス語が母語ではない人が多いので、この点は重要だ。

2001年にプロジェクト発足

インターネット投票は、2001年に、ジュネーブ州のプロジェクトとして発足した。その背景には、郵便投票制度の大成功がある。郵便投票は1995年に導入され、投票率を大きく押し上げた。今では 投票の95%は郵便で行われている。

郵便投票は、投票手段が便利なら、投票率は上がることを人々に教えた。

「では、次は自宅に投票所を持ってこよう!」

折しも、時代背景が動いた。コンピュータの西暦2000年問題が起きたのである。(註:2000年問題(にせんねんもんだい)は、グレゴリオ暦2000年になるとコンピュータが誤作動する可能性があるとされた年問題。Y2K問題(ワイツーケイもんだい:”Y”は年(year)、”K”はキロ(kilo))、ミレニアム・バグ(millennium bug)とも呼ばれた。出典:ウィキペディア http://ja.wikipedia.org/wiki/2000年問題 )

結果としては、大きな混乱は起きなかった。しかし、2000年問題は、世界中の人々に、コンピュータに頼る社会の危うさに気付かせると同時に、自分たちはディジタル時代に入っているという認識に目覚めさせた。

最初は小さくスタート

このような時代の後押しを得て、e-Votingシステムの構築は進んだ。しかしその普及は順風満帆ではなかった。政治的には保守、リベラル政党それぞれの思惑が絡んだ。どちらも、ネット投票は相手陣営の投票者に有利になると考えたのだ。また、一部の有権者の間に、選挙は神聖という意識があり、それがネット利用への抵抗になった。

最初のe-Votingは、2009年、一つの選挙区で、試験として実施された。ネット投票に対する反対の声を和らげるために、小さく始めたのだ。

e-Votingの普及が進むにつれ、反対する声は小さくなった。それでもe-Voting 普及の歩みは今でも慎重である。現在、e-Votingは、ジュネーブ州に45ある選挙区のうち、30の区で可能となっている。

インターネットで投票できる選挙区の有権者に配布される葉書

有権者に様々な配慮が

ジュネーブの有権者を対象にした最近の調査によると、70%の市民がネット投票を支持している。とはいえ、実際にネットで投票する人は、投票者全体のほぼ20%。シュバリエ氏は、これをもっと増やしたいと考え、随時プロモーション活動を行なっている。

一方、スイス国外に在住する(ジュネーブ州の)有権者に対しては、ネット投票は2009年から、全員に可能になっている。今では、在外有権者の50%がネットで投票しており、以前に比べて投票率は20%増加したそうだ。

ジュネーブ州の e-Votingには、ネット利用に不便のある人々にも配慮が払われている。現在のシステムは、アクセシビリティー、ユーザビリティーに優れており、目や四肢の不自由な人にも、介助無しで投票できるそうだ。また、ネットを使い慣れない高齢者のためには、高齢者のセンターなどで講習会を開いている。

政治的利害ふまえ慎重に運用

スイス全体を見ると、現在25州あるうち、15の州がインターネット投票を採用している。また、現在稼働しているシステムは3種類ある。スイス全体の統一は無い。選挙制度は州が管轄するからだ 。

スイスのネット投票には、2005年以来、連邦政府による上限規制ができた。ネット投票ができるのは、有権者の30%までである。ただし、スイス国外在住の有権者にはその規制は当てはまらない。技術的には100%が可能でも、実施にあたってこのような規制ができたところに、多様な政治的利害などに配慮しながら、ネット投票が、とても慎重に進められていることを窺わせる。

インターネットを使った投票は、多くの人に便利なことが実証された。その反面、選挙結果は政治の行方を左右するだけに、実施には、充分な議論とコンセンサス作りが必要だ。小さく始めて、徐々に大きく育てるというジュネーブの知恵は、日本にも参考になるだろう。

日本でもネット投票の導入を

日本国外に住む筆者は、投票もネットでできたら素晴らしいと思う。国政選挙の際、多くの在外公館に投票所が設けられるが、遠くてそこまで行けない人は多い。郵送投票の制度もあるが、手続きが煩雑な上、投票用紙を取り寄せるなど、日数が数ヶ月かかる。在外邦人の投票率は20%強と非常に低い、との推定があるが、それは極端に投票しにくいことが大きな原因ではないだろうか。

日本国外に住む有権者は、現在約88万人。その人々のために、スイスのようなネット投票を日本でも可能にして欲しいと、今回の参院選挙で在外公館まで投票に出かけた筆者は、つくづく思ったのだった。

掲載: NTTユニオン機関誌「あけぼの」2013年 7 & 8 月号

掲載稿はこちら→ 2013_あけぼの_ICT_第十八回

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電話は過去のメディアと思うなかれ ー 欧州ICT社会読み説き術 (17)

最近の新聞報道によると、パソコンの売り上げが低下する一方で、スマホやタブレットの急成長が著しいという。遂にパソコンがメディアの王座を他に譲る日が来たか。一方で、メディアを取り上げるニュースに、電話はパタリと登場しなくなった。通話する機能しか持たない電話は、過去のメディアになってしまったのだろうか? ところがどうして、私たちは、電話さえもまだ充分に使いこなしていないかもしれない。欧州に暮らしていると、そんなことを、ふと考えることがある。

想定される国際ビジネス像

欧州では、多種の言語、多数の国が隣り合って存在し、人がそのような文化や政治の境目を超えて頻繁に往来するのが日常だ。そういう土地に暮らすと、電話というメディア(=技術)と、それをツールとして使うビジネス(=社会)との間には、まだギャップがあることに、時折気づかされる。そのギャップは、複雑な欧州社会のあり方と、密接に関わっている。

先週、こんなことがあった。

私はコンサルタントとして活動する一方、K社としようで勤務している。K社は外国出張が多く、社員は出張の際にF航空会社をよく利用する。そこで、K社は、F社の企業向けポイントカード、「蒼天ビジネスクラブ」の会員になった。これは、個人向けのマイレージバンクとは別物で、K社全体として、F社を利用する度にポイントがたまる仕組みだ。

私は、(削除あり)フライトデータの入力方法がよく分からなかったので、F社の蒼天ビジネスクラブの担当者に電話で尋ねようと思った。メールよりも、電話の方が速くて正確だと思ったのだ。

ところが、F社のスイス向けウェブサイトには、蒼天ビジネスクラブの入会案内はあっても、問い合わせ電話番号は載っていない。メールアドレスもない。仕方なく、F社の一般的な受付番号に電話してみた。

さすがは、国際航空大手のF社、スイス向け顧客の受付番号でも、独・仏・伊・英語の四ヵ国語から選択できる。多くの企業では、スイス国内向けの電話受付では、大抵は独・仏語はあっても、英・伊語の対応をしない。だから私は、F社の国際センスに感心した。スイスの顧客からの電話だからといって、独・仏語を話す人だけがかけてくるとは限らないのが、国際ビジネスの現実だ。F社は、そこが分かっていると思ったのである。

電話を取ってくれた担当の女性は、滑らかな英語を話す。これも大陸ヨーロッパでは、そうあることではない。

だが、感心したのも、そこまで。多様な言語を持つ人々が国を超えてビジネスを動かす欧州社会と、F社の想定する国際ビジネス像との狭間に自分が落ち込んだことを知るのに、大して時間はかからなかった。それはまるで、アルプスの氷河に口を開けるクレバスのように、底がなかった。

写真 スイスの公衆電話内の緊急電話番号表示。警察、消防などの番号の説明を、独・仏・伊・英語の四通の言語で表示している。
欧州ICT社会 第十七回 写真

言語の壁

電話受付担当の女性は、スイスには、蒼天ビジネスクラブの問い合わせ(削除あり)電話番号がないと言う。では、と、私は、英語圏かフランス語圏の国で、問い合わせ番号を設けている国はないか尋ねた。そこで言語の壁にぶつかった。彼女が手元のコンピュータで見られるのは、ドイツとオーストリアの番号だけだと言うのだ。私は、ここに、“スイス=ドイツ語”、という、F社データベース設計者の思い込みを感じて、内心ムッとする。しかし、彼女に怒っても仕方ない。

彼女は、私はドイツに国際電話をするほかないけれど、そこでは英語での問い合わせに対応する、と教えてくれた。だが、私は、そうはうまくはいかないだろうと、疑う。

実は、以前、決済サイト、ペイパルを利用した際、ドイツの問い合わせ番号にやむなく国際電話をかけたことがある。ところが、顧客受付電話からは、英語で「こちら(のコンピュータ)では、スイスのお客様の情報は見られません」との回答が…。こんな苦い経験があるのだ。

でも、今回はちょっと違った。私が困っていると、その女性は親切にも、F社本社が所在するフランス用のウェブサイトを見てくれた。そして、フランス国内用の蒼天ビジネスクラブ受付電話番号を探し出したではないか。フランス語なら、私も少々ややこしいことを問い合わせられる。

できる限りのことをしてくれた彼女に、お礼を言って電話を切ろうとして、ふと聞いてみた。「ドイツ語国の電話番号しか見られないということは、あなたは、ドイツにいらっしゃるのですか?」。

「いいえ、チェコです」。

これは、コールセンターの国際アウトソーシングだった。人件費の低いインドなどの外国に、コールセンターを設置する先進国企業のあることを、私も知識として知ってはいた。でもまあ、自分が今、そのお世話になっていたとは。

顧客と企業を繋ぐ重要ツール

電話は、過去のメディアと思うなかれ。コールセンターは顧客と会社を直接繋ぐ重要なビジネスツールだ。

欧州では、多様な言語と国家をまたがる人の移動はビジネスの一部になっている。そういう社会でコールセンターを充分に使いこなすには、そこでのビジネスの現実をよく知っていなければならない。スイスからの電話は、すべて「ドイツ語人」からだ、などという単純な仮定はナンセンスだ。

人と、社会と、技術との間には常にギャップがある。そこを補い、技術を改善し育てていくのが人だと思う。幸い私の場合は、チェコのコールセンターの人が、英・仏・独語の狭間に開いたクレバスに落ちかかった私を救ってくれた。これは、ひとえに彼女の気働きのおかげだ。

このような経験を沢山積んで、欧州のコールセンターはその社会により適したシステムに育っていくだろう。現在、アジアでもビジネスの国際展開が進んでいる。アジアにもまた、多くの言語と国家がある。こういう欧州の経験は、アジアのコールセンターにもきっと役立つに違いない。

掲載: NTTユニオン機関誌「あけぼの」2013年6月号

掲載稿はこちら→ 2013_あけぼの_ICT_第十七回

ジュネーブと国際会議と(5)街の人の目線で見る国際都市 ジュネーブ

ジュネーブは、なぜ国際都市なのでしょうか?

ここには、国連欧州本部や、ITU等の、国際機関が多数あるうえ、それらの加盟国の代表部も多数あります。また、ジュネーブでは、大小の国際展示会や、コンファランスが、1年中開かれています。1月の国際高級時計見本市や3月の国際モーターショウは、日本でもよく知られていますね。

観光客も世界中から訪れます。夏と冬のバカンスシーズンには、高原での避暑、アルプスでのウィンタースポーツが大勢の人を引き付けます。

ところが、そういった華やかな人の往来は、国際都市ジュネーブを形作る重要な一面ではありますが、その国際性を語るには、まだ半分ほどにしか過ぎません。

ジュネーブに住み初めて間もなく気がついたのですが、この地の国連と街の人々との間には、どうも溝があるのです。お互いに関心を持っていないというか。

そこで、今月は国際会議を離れ、この街に住む人々に視点を当てようと思います。そうやって、街の人の目線から、国際都市ジュネーブの奥行きに、一歩踏み込んでみましょう。

読者の皆さまも良くご存知のように、スイスは、欧州の真ん中に位置し、欧州内の人の往来する地域でした。また外交では、どの強国の支配も受けない、スイスなりの“中立”を政策として来ました。第二次大戦後だけでも、何十万人もの外国人を受け入れ、社会に同化させてきました。そのためのルール、具体的ノウハウも、教育、社会政策など、随所に蓄積されています。

そもそも、スイスは国の起源からして、規模こそ小さくても最初から多民族国家でした。スイス民族も、スイス語もありません。「ヘルベチア連邦」(スイスの正式名称)の名の下に、多数の州(カントン)が、異なる言語や文化を互いに容認し合い、一つの連邦として、近代、現代の欧州を生き抜いて来ました。

その流れは今も続いています。ジュネーブにも、いろいろな理由で外国から移り住んだ人々の二世、三世がスイス国籍を取得し、スイス人として根付いています。彼、彼女たちの国籍はスイスですが、従って「スイス人」と呼ばれる人々ですが、その祖先の出身地がスイスではないのです。その意味で、 彼、彼女らもまたジュネーブという土地の国際性を形成しているのです。

そういう人々は、ジュネーブには大勢います。おそらく、何十万人の単位と言ってもいいのではないでしょうか。私の友人や知人が、たまたまそういう人々の一人だったと知るとき、私はこの街の奥行きの深さに打たれるのです。

そんな人を一人、ご紹介しましょう。

リディアさん、私の友人です。彼女はボー州(ジュネーブの隣の州 )の生まれで、スイス国籍を生まれたときから持っています。

母方の祖父母は、旧ユーゴスラビアから、戦争の難を逃れ、子どもを連れてスイスに移住。遠い親戚を頼ってベルン(ドイツ語圏スイス)まで来て、そこに定住したそうです。

その娘である母は、スイス人との結婚をきっかけにフランス語圏スイスに移住。その時にリディアさんは生まれました。

リディアさんの母親はユーゴスラビア人ですが、リディアさんは、フランス語しか知りません。なぜなら、母親は家では決してユーゴスラビアの言葉を子どもたちに話さなかったからです。当時のスイスでは、ユーゴスラビアは共産圏と見なされていました。彼女は何度も肩身の狭い思いをしたのでしょうか。自分たちが安全にスイスで暮らすためには、スイスに同化することです。だから、彼女は子どもたちにスイスの言葉だけで教育しました。

そしてまた、リディアさんの母親自身も、必死でスイスの言葉である独仏語を学んだそうです。「母は今でもユーゴスラビアなまりのあるフランス語を話すのよ」と、リディアさんは語ってくれました。

こうして、リディアさんは、ユーゴスラビア人を母にもちながらも、スイス人として育ちました。

ところが意外なことに、彼女の夫はユーゴスラビア人だそうです。リディアさん自身は、ユーゴスラビアとは、文化的にも地理的にも切り離されて育ったというのに。そうなった彼女の内心は私には、とうてい推し量れません。それでも、彼女のように公式に、スイス人としてジュネーブに暮らす人々の中には、程度の違いはあっても、スイスの他にも、他の土地の文化や、血縁を持つ人は、決して少なくないのだろうと想像を馳せます。

「あなたは何人」と、単純に言えない人々が大勢いるという現実に、ジュネーブではあちこちでぶつかります。リディアさんの他にも、いろいろな事情から、自身の育って来た過程に、いくつもの国、いくつもの言語が交錯している人々が、大勢います。そういう人が大勢いるのがジュネーブであり、スイスという国なのです。

そういう人々は、育つ過程で多かれ少なかれ、国際感覚をごく自然に身につけています。ジュネーブは、そういう人々の大勢住む、筋金入りの国際社会といえます。

このような人々は、国連を中心とする国際社会とはやや違う場所にいます。多言語、他人種からなるジュネーブ、スイスの社会を理解しようとするとき、こういう人々が「スイス人」として大勢暮らしていることもまた知っておかなければならないと思うのです。

掲載: ITU ジャーナル Vol. 43, No. 8, 2013年8月号

ジュネーブと国際会議と(4)国際会議のお手本——先輩の方々

私がITUの会議に出席し始めた頃、日本代表団としてご一緒させていただいた先輩方からは、数え切れないほど多くのことを教えて頂きました。その方々はきっと、私に何かを教えようとは意識していらっしゃらなかったと思います。けれども、国際会議1年生の私にとっては、先輩の皆さまにとって当たり前のこと一つ一つが、すべて勉強でした。

K社のOさんは、当時既にCCITT(現ITU-T)SGII副議長の要職に就いておられました。会期も大詰めに近づくと、分科会で出された結論を持ち寄ってSGII全体で討議する、大きな会合が始まります。その会議で、Oさんは議長団の一人として、いつも壇上の席におられました。私が遠くから拝見すると、長身で細身でいらしたOさんは、いつも口元に穏やかな微笑みを浮かべておられました。

それだけでも大変なことなのに、どうでしょう!Oさんが、言葉を選んで、静かに、ご発言を始められると、大勢の参加者がシンとして耳を傾けるのです。今まで、お互いに強い言葉で、激しい議論をしていた人たちが。

Oさんは、柔らかいお声で、ゆっくりとお話しされます。英語はお上手でしたが、立て板に水のような話し方ではありません。そのOさんの言葉を一言も聞き漏らすまいとするかのように、会議場にいる人々が、 一心に耳をそばだてています。

それを目の当たりにして、話す内容に実があれば、人は一生懸命に聴くのだとわかりました。英語のうまい下手、声の大小ではないのです。Oさんのそういうお姿に、国際会議1年生大いに励まされました。

ITUに限らず、多くの国際会議は英語で進められます。英語が自分の言葉である人たちが会議に馴染みやすいのは自然なことです。同時に、発言や提出文書の論理の組み立て方も、どこか英語文化の影響を受けてしまうものです。

けれども、国際会議は長丁場です。焦らなくて良いのです。会議は、時間をかけて議論し、相手の発言に耳を傾け、必要なら根回しをするプロセスでもあります。Oさんのように、ご自分のお考えをゆっくり話す方が、英語が母国語ではない大多数の会議参加者にとっては、発言が分かり易くて良いのです。発言内容を理解されるということは、国際会議では大きな強みです。発言の内容自体が参加者の役に立つものであることは、言うまでもありませんが。

もうお一人、Oさんと同じK社のTさんにも、そのお仕事ぶりに多くを勉強させていただきました。

Tさんは、私が出席していた研究会期に、クレジットカード通話利用手順の標準化をテーマにする、ワーキングパーティー(WP)の議長を務めておられました。私も会期の初めからこのWPに参加して、勧告案(ドラフト)作成作業を経験しました。

当時のCCITTでは、各研究会期の初めに、勧告案作成のために課題別のWPが作られました。つまり、WPの仕事が、同じ時に一斉にスタートするのです。

ところが、会期を重ねるにつれ、各WPの進捗状態に差が出てきます。競争するわけではありませんが、勧告作成の進み方の速いWPと遅いWPが出来てくる。

その中で、Tさんの議長を務められたWPは、一番進捗の速いことが誰の目にも明らかになってきました。

Tさんは、WPメンバーの誰よりも沢山仕事をされるのです。Tさんはいつもドラフトを用意して会議に臨んでおられました。勧告書の作成ですから、その文案は一語一語慎重に検討されます。その議事を捌き、修正案を提案するのは彼。修正が合意されると、その文案を盛り込んだ、第x版勧告書案を作成するのも彼。WPの進捗状況報告を書いて、SGII議長に提出するのも彼。

そういうTさんの、お仕事ぶりを終始拝見し、建設的な意見を提案する人間が、結局は会議を引っ張っていくことがよくわかりました。新しい勧告を作るという、いわば無から有を作る任務を負った会議の場合、その議長の仕事は、次々に具体案を提案していかなければならないのだと思いました。

私はたまたま他のWPメンバーでもありましたが、その議長はTさんのような仕事の仕方をしていませんでした。彼は、「WPメンバーが、勧告案を提案してくれない」とぼやいていましたけれど、勧告案作成は全く前に進みませんでした。

その他にも、国際会議のお手本を見せてくれた先輩方は、大勢おられました。

私が参加するまで、日本代表団のたった一人の女性メンバーだったNさん。緊張してカチコチになっていた私には、誰とものびのびお話しをされるNさんのお姿が、お手本となりました。

K社研究所でISDNを担当しておられた、闊達なIさん、SGIII(国際電信電話料金)で、議長として素晴らしいバランス感覚を発揮され、ともすれば縺れがちになる議論を見事に捌いておられたMさん、国際電話料金の専門家として当時から重みのあったSさんなども、皆、尊敬する、国際会議の大先輩でした。

掲載: ITU ジャーナル Vol. 44, No. 7, 2013年7月号

国際会議一年生の教科書(3)ジュネーブとかけて、フェイスブックと解く、その心は?

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【ジュネーブとフェイスブックの深い関係】

ぴーちゃん、この前の国際シンポジウムではどうしても自分から他の人に話しかけられなかったと言ってたね。

良いことを教えてあげる。他の人がぴーちゃんに話しかけてくる方法があるんだ。

え?と思うでしょう。

その種明かしはね、フェースブックと同じなの。

ジュネーブとフェイスブック?それ、何の関係があるの?

じゃあ、行ってみよーー!

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ここでは、ジュネーブ、つまり国際会議の場所という意味です。

国際会議とフェイスブックには、大きな共通点があるんです。

ジュネーブとかけて、フェイスブックと解く、その心は?

“自分から情報を発信しないと、情報は集まらない。”

国際会議でも、フェイスブックでも、人と知り合おう、他の人が何をして、何を考えているか知ろうと思ったら、まず自分から考えを述べる、つまり情報発信することです。

ハッキリした意見でなくていいのです。質問でも、コメントでも、また、議論するテーマに関係のあることなら何でもいいのです。自分の考えでなくても、テーマに関する情報、つまり、自分の知っていることでもかまいません。会議なら、議事進行についての質問でもいいと思います。

私は友人に誘われてフェイスブックのアカウントを作ったものの、何もせずに2年ぐらい放置していました。あれこれ使い方を研究していたら、あっというまに数時間たってしまいそうだったし、友人とどう繋がるのか、全くわからないし。まして面白さなんてわかるはずもありませんでした。

そんな状態でしたから、フェイスブックでつながる友人の数もごく少ないまま。たまにサイトを見ても、何もめぼしい情報は見つからず、という2年間。なぜフェイスブックに人気があつまるのか、理解できませんでした。今思うと、情報の来ない悪循環を自分で作っていたのです。こんな状態でしたから、フェイスブックを活用するなど考えも及びませんでした。

フェイスブックを俄然見直したのは、2012年のこと。私はボランティアで、あるグループをジュネーブで立ち上げました。その宣伝方法を模索していた時に、ある地元の友人が、「あなたのグループ発足を私のフェイスブックに載せてあげるわ。私は200人ぐらいの友人とつながっているから、その人たちには知って貰えるわ。」と言ってくれたのです。

まさか、フェイスブックが役に立つ?と思いましたが、実際に自分でもやってみて驚きました。思わぬ人々から、コメントや、「いいね」のサインが返ってくるのです。目からウロコが落ちました。自分から手を挙げると、人はそれを見て反応してくる。これが発見でした。

そうと気付くと、私も他の人の記事や写真にコメントしたり、「いいね」をクリックしたりするようになりました。そんな活動(?)が、少しづつ積み重なって友人の輪も拡がり、昨年の夏休みには、20数年ぶりに留学時代のクラスメートたちとジュネーブの近くで再会することができました。フェイスブックのおかげで、途切れていた繋がりが復活したのです。まさに、フェイスブックの原点みたいな経験でした。

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会議の合間に談笑する人々。こういう機会も大事です。(ITUにて)

では、会議の場合はどうでしょう?

国際会議の場合は、会議中に何か一言、発言することです。会議に慣れていなければ、会期中に一回でもいいのです。

すると、反応が返ってきます。その時すぐにではないかも知れません。でも、私は、後でコーヒーブレークの時などに、誰かが寄ってきて、「さっきあなたの言ったことですが、、」と話しかけてくれる経験を何度もしました。これがフェイスブックの「いいね」みたいなもの、つまり、共感や関心です。

そうなればしめたもの。そこからの会話の展開は、自分がリードしていけます。私の発言が話題の出発点なのですから。

この方法のいいところは、他の人の会話に無理に入って行かなくてもいいことです。私が待っていれば、他の人が話しかけてきてくれるのです。しかも、私のよく知っているテーマで。これで、言葉のハンデの壁は、だいぶ低くなります。

会議の場では、大抵の人には、新しい知人を作りたいという気持ちがあるものです。そういう人々は、他の人に話しかけるきっかけを探しています。だから、私がそのきっかけを提供するのです。

同じテクニックは、国際会議の他にも応用できます。なにかのコンファランスでもセミナーでもいいのです。自分が前に出て発表する場合は、他の人に自分を知って貰えますからそれでいいのですが、聞き手の場合はそうはいきません。そういう時、私は、一回は手を挙げて、質問でもコメントでも、何か一言発言することを自分への宿題にしています。

今回はテクニックめいたこと書きましたが、私は心とテクニックは深く繋がっていると思います。心があって初めて、テクニックは生きるのです。

心の目を、議論そのものだけでなく、他の参加者や会議そのものにも向けてみてください。議論にもう一つ自分の見解を加えること、テーマに関して自分の知っていることを他の参加者とシェアするということは、会議に貢献することにもなります。

こうして、会議は一人一人の参加者が作り上げていくのです。

掲載: ITU ジャーナル Vol. 43, No. 6, 2013年6月

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国際会議一年生の教科書(2)発言は出だしが大事

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【これだけは身につけて、きっと役立ちます】

ぴーちゃん、この前は、私は発言する前にまず手元にメモを作り、要旨を書き出してから手を挙げる習慣を身につけたという話をしたよね。

私は20年ぐらいの間、国際機関、NGOなどでいろんな国際会議の経験を積んで来た。けれども、準備が大事だということは今も変わらないのよ。

きょうは発言のしかたについて話そうか。

発言のコツやはなしのまとめ方は、ひとりひとりの個性や経験により様々なもの。私がこれから話すことは、ひとつの例として聞いてね。

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発言は出だしが大事です。

出席者が10人に満たないような小規模の会議ならともかく、会議の規模が大きくなるほど、発言者の伝えたい細かなニュアンスは伝わらなくなるものです。日本語のコミュニケーションは、相手の気持ちを思いやる細やかなニュアンスに満ちているますが、国際会議の大きな会議場では残念ながら、それは伝わらないと思って下さい。

そもそもあなたの発言を聴く相手があなたと同じ文化を共有していないのです。言いたいことをハッキリ言わなくてもわかってくれる人は、ここには誰もいません。

その上英語は会議に出ている大多数の人にとって自分の母語ではないのです。

一度や二度の発言で細かいニュアンスまでわかって貰うことは諦めましょう。

国際会議を見ていると、言葉は平易で、発言内容の論理構成は単純な方が、発言の主旨は良く伝わることがわかります。英語を使い慣れていない人々にも分かり易い語彙で話す、発言の論理は、聴き手にフォローしやすく組み立てる、この二つを心がけると大勢の人々にあなたの意志が伝わりますね。

伝わることは、理解の第一歩です。

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国際会議開場の一コマ (世界電気通信連合, ITU、ジュネーブ)

ではどうやって?

発言を聴く相手の心構えを、最初に作ることです。例えば発言を始めるときに、よくこういう言い方をします;

「私は、○○について、三つの点を申しあげたいと思います。」

その応用形としてこういう言い方もできます;

「私は、○○について、一つの質問と、一つの意見(Observation)があります。」

つまり、このようなやり方で、聴き手に私のメッセージをフォローする道筋を作る、言い換えると、あなたの発言を聴く枠組みを最初に提供するのです。

もう一つ大事なことがあります。

ゆっくり話しましょう。

私は子どもの頃から早口でした。母には、「もっとゆっくり話しなさい」とよく言われました。こういうことは、自分では意識していないので、どうも困ります。けれども、会議の時は、早口は相手に理解されない結果を招くので、結局はあなたの損。ゆっくり話すことを心がけましょう。

国際会議の場では、誰でも緊張します。そこに英語の苦手感が加わると、人は早口になってしまいがちです。

どうぞ、リラックスして下さい。ゆっくり話して恥ずかしいことは何も無いのです。それどころか、あなたの発言が聴き易くなり、英語の苦手な多くの出席者には感謝されるでしょう

発言するのは、他の人に自分の意見を分かってもらうためです。賛成反対は、分かってもらった後のことです。

もう一度言います、発言は出だしが大事です。

発言の出だしを工夫すると、あなたの言いたいことが分かって貰えるようになります。すると、会議が面白くなります。

掲載: ITU ジャーナル Vol. 43, No. 5, 2013年5月

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コミュニティー・マネジャー?ー 欧州ICT社会読み説き術 (16)

ソーシャル ・ネットワークの時代

日本の選挙運動もソーシャル ・ネットワーク時代に入ったようだ。今年四月に『公職選挙法』が改正され、七月の参院選から、選挙運動にインターネットが使えるようになると聞く。私のように外国に住む有権者にとって、これは朗報だ。次回の選挙からは、政党や、立候補者のホームページを見て、誰に投票するか決めることができるからだ。今までそういう手段が全くなかったので、在外邦人選挙では、まるで眼を閉じて投票する気分だった。法改正で、ツイッターやフェイスブックといったソーシャル・メディアを使って演説の案内や投票の呼びかけもできるようになる。

これを契機に、ソーシャル・メディアを通じたコミュニティ・マネジメントの重要性が、日本でも飛躍的に高まるかもしれない。ソーシャル・メディアは双方向であるという点で、政党が今まで選挙運動で多用していた一方通行のメディアとは大きく異なる。そこに、コミュニティ・マネジメントの重要性が生まれる。

欧州でも、コミュニティ・マネジメントを行なう「コミュニティー・マネジャー」は、成長著しい職種である。この仕事は、初めはIT企業やウェブ関連企業で導入されたが、今では、一般的な企業も導入。例えば、スイスでは、銀行や時計メーカーの中に、このポストを設けている企業があるし、大手のNGO(非政府機関)、例えば国際オリンピック委員会(IOC)も、そのような職種を置いている。

企業・団体の窓口的存在

コミュニティー・マネジャーの職務は大まかに言うと、企業ならばその商品、サービスやブランド、また、社会的目的を持って設立された団体なら、その目的(例えば自然環境の保護。政党もその一つ)に関心を持つ人の集まる集団(コミュニティー)とのコミュニケーションの窓口となり、そのコミュニティーを発展させ、さらにコミュニティーからのフィードバックを企業や団体の発展に必要な情報(リソース)として、内部に伝達することにある。

コミュニティー・マネジャーの活動は大きく四つに分けられる。この場合、企業なら潜在・顕在の顧客、団体なら、その目的を支持する人々に、①情報交流の場を作ること(顧客・支持者の参加を呼びかける)、例:ツイッターのフォロー、フェースブックのグループページ②ファンを増やすこと(ロイヤルティ育成)③その人々が企業・団体に何を期待しているか、何を必要としているかを対話の中から汲み上げ(顧客・支持者の声の収集)、企業のマーケティング、商品開発部門や、団体のリーダーたちにフィードバックし、将来の商品や、サービス、活動の発展、改善、に結び付けること、そして、④顧客や支持者に、その意見や要望が役立てられ、改善されたことを責任を持って伝えること、こうして顧客・支持者からの信頼を育て、強めること、である。

このような任務を遂行するためには、コミュニケーション専門家としての充分な経験と訓練が必要だ。

コミュニティー・マネジャーには、人(顧客や支持者)の声の奥にある気持ちを汲み取る力、企業や団体の商品・目的を理解し、愛情を持ち、自分の所属する団体の代表者であると同時に、顧客を理解しその味方でもあること、その上、自社、団体の発信する情報を受け手が快く理解できるように伝える(話す、書くなど)力が必要である。この仕事にとって、ソーシャル・メディアは、コミュニケーション手段の一つであって、それ自体は目的ではないことにも注意したい。

SNSが双方向性を加速

コミュニティー・マネジャーの担う仕事は、企業なら、広報部やお客様サービス担当部門が従来から担当して来た。

ところが、ソーシャル・メディアの時代になって、コミュニティー・マネジメントの性格は一変した。 フェースブックや、ツイッターなどに代表されるSNSの爆発的な発展により、人々の情報発信力が飛躍的に大きくなったからだ。企業・団体と個人との情報の流れの方向が、 企業・団体 からの一方通行から、双方向になったのだ。

ソーシャル・メディアでは、一人が何かを発言する(情報発信)と、その声は、その人と繋がる大勢の人々(数人から数万人規模)に一度に伝わる。

伝わった側の人々は、その同じ情報を、さらに自分の友人・知人の輪に拡げることができる。その情報が、あなたの扱う商品についてだと想像してみてほしい。一つの発言の波及力は測り知れないことが、容易に想像できるだろう。しかも、そういう情報伝達は、企業や団体があずかり知らないところで起きているかも知れない。これも従来のメディアにはなかったことである。

それなら、私たちは、SNSを敬遠せず、むしろ積極的に使って、顧客やファンに知らせたい情報を広めればいい!SNSを、ファンを増やし、繋がりを深めるために使えば良い―そう考えた企業、団体では、コミュニティー・マネジメントは急速に重要さを増し、コミュニティー・マネジャーという名を戴く職種が育ったのだ。

ただ、その育ち方を見ると、社会の仕組みや文化の違いがここでも影響を与えている。

国際化に多言語への対応は必要

ご存知のようにスイスは主に独仏伊語が併存する多言語国家だ。そういう社会では、ソーシャル・メディアという、技術的には同じプラットフォームを使っても、言語圏によりコミュニティーは分かれていると識者は指摘する。言語が違えば、考え方もコミュニケーションのありかたも違ってくる。そのため、スイス全体で活動する企業や団体には、それぞれの言語に対応したコミュニティー・マネジメントが必要になっているというのだ。

その点、日本は原則的に、言語が日本語だけなので、全国的な規模のコミュニティーを作ることができる。

だがここで、日本でも、スイスほどの規模ではないにせよ、言語の多様化が進行している現状に注目したい。例えば、「日本語人」でない人は数多く居住しているし、職場への進出も進んでいる。異なる言語を持つ人々と共に生きる社会で、コミュニティーを形成し、コミュニケーションを図る必要性は増える一方だ。日本の場合は、スイスのような明確な言語圏を国内に形成することはないと思うが、多様な言語を持つ社会の必要性に応えるコミュニティー・マネジメントを、今から意識して育てる必要があるのではないだろうか。それもまた、日本の国際化のプロセスと捉えたい。

掲載: NTTユニオン機関誌「あけぼの」2013年5月号

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