「ボクが居眠りしてました。」でもあやまらない。ヨーロッパ人を読み解く

あなたの職場の多様性を価値とちからに変えるヨーロッパ・ジャパン ダイナミクス!わたしたちのホームページにようこそ。

ヨーロッパ・ジャパン ダイナミクスは何をする?–> こちらをご覧ください。

ヨーロッパ・ジャパン ダイナミクスとは誰?–> こちらをご覧ください

***************************

【”謝る”というカルチャーの違い】

あなたは、「済みませんがーーーをしてくだしますか?」「申し訳ありませんが、もう一度お電話をいただけますか」「遅くなって申し訳ありません」などなど、謝る言葉をたくさん使っていませんか?

ところがここヨーロッパは違います。

**************************

晴れた昼下がり午後2時半頃、交通事故に遭った。

麦畑の中を行く田舎の一本道。私がいつものようにクルマを走らせているとセンターラインを越えて突然対向車が突然真正面に突っ込んで来た。

信じられなかった。

ハンドルを右に切って避けようとしたが避けられず、ガシャーン!(ヨーロッパではクルマは右。皆さん、御注意を)

目撃した人が二人、直ぐにクルマを停めて私の側に来てくれた。

私はガラスのかけらを前身に浴びたため、道路端の草むらに腰掛けることもできなかった。無数のガラスの破片が肌に食い込んで痛かった。

対向車の運転手は24歳のロドリゲス君。彼は業務時間中だった。

そこで面白かったこと。

“Ca va?” (大丈夫?) 彼から私への最初の一声だった。

だけど衝突の原因を作ったロドリゲス君は終始私に一言も謝らなかった。

私は驚かない。「ああ、やっぱりね」と思っただけ。なにせ私はカナダに2年、欧州に28年。いよいよ深刻な事態が起きたとき,欧米の人は謝らないということを骨身にしみて知っている。

彼は居眠りしてたとすぐに自分で言ったから、黒白はハッキリ。私はそれで良いと思った。

と言ってしまうとこの話はここで終わるが、もう少し続けさせて欲しい。

ロドリゲス君が日本人だったら、まず、真っ先に謝ると思う。自分が居眠りしていたと、彼は私にも、目撃した二人の人にも言っていた。現場に来た警官にもそう言ったんじゃないかな?私は聞いていなかったけれど。

だから彼には自分は悪くないと言い張るつもりはなかったと思う。

なのになぜ謝るという発想がないんだろう?

それは彼だけじゃない。以前カナダに住んだときにもそう思うことが度々あった。

欧と米とは違うけれど、敢えて欧米とここでは言おう。欧米人と日本人とでは「謝る」と言う感覚が全く違うと思う。欧米では謝るということ自体に日本ほどには大きな意味が置かれていないように思う。

ところが日本はその反対のよう。たとえ自分が悪くなくてもまず謝っておく。

だってこの場合、ロドリゲス君が私に謝ってどうなるというのだ?

それよりも、彼がそれこそ隠し立てもせずに自分が居眠りしていたといったことの方が意味を持つ。これで、私への賠償金は彼の方の保険会社が負担することになるんだから。

私もロドリゲス君に「謝りなさい」と言おうとは思わなかった。事故のショックで気持ちはヨレヨレだった。そう言うときに美辞麗句はいらない。

ただこの機会に異文化観察をさせて貰った。

IMG_0110
私の愛車はこれで廃車に

 

 

**************************

一人ひとりの違いを価値に変えて仕事ができるようになる研修プログラムを御提供しています 詳しくはこちらをご覧ください。

お問い合わせはこちらからどうぞ。

“Thank you”は「ありがとう」じゃない?

あなたの職場の多様性を価値とちからに変えるヨーロッパ・ジャパン ダイナミクス!わたしたちのホームページにようこそ。

ヨーロッパ・ジャパン ダイナミクスは何をする?–> こちらをご覧ください。

ヨーロッパ・ジャパン ダイナミクスとは誰?–> こちらをご覧ください

***************************

【Thank you とありがとうの間にある深い溝】

ぴーちゃん、英語の勉強を始めたんだってね。上達の道は、まず始めることから。応援してる!

ぴーちゃんを見てて、私がカナダで貧乏学生を始めた頃を思い出した。日本で英会話学校には通ったけれど、あのカナダでの暮らしが初めて英語の文化圏に飛び込む経験だった。

カナダに来るまで私は自分は英語を話すと思ってた。厳しいことで有名な東京の英会話学校も卒業したし。けれどもいざカナダで暮らし始めると、私の話すことがわかって貰えないということが時々起きた。え?!

カナダに来たばかりの私は、その社会や文化を理解してなかったのよ。例えば私のものの言い方は婉曲すぎてカナディアンの友人たちにはわかりにくい、とかね。

日本語と英語とではモノの考え方が真逆なの。これはカナダ生活最初のカルチャーショックだった。

たとえば、英語の”Thank you”。これは日本語では「ありがとう」に相当するけれど、その言葉に込められた精神は日本語とは正反対。

“Thank you”には主語が隠れていて、その意味するところは”I tahnk you”となる。英語にはいつでも主語がある。ここでは”I”、つまり「わたし」。だから、”Thank you”の意味は「わたしはあなたに感謝します」となる。英語の文ではいつも、「誰が」をハッキリ言わなければならない。”Thank you”を日本語に直訳するとくどいほど強いと思わない?

では日本語の「ありがとう」は?

これは「有り難い」とから来ているよね。つまり、何かがめったにないほど貴重だという意味。そこには主語がない。「何かが有り難い」という情況を叙述しているだけ。「わたし」も「あなた」もいない。

いつも「誰が」を言い続ける英語と、情況を叙述すれは、そこに込められたメッセージを相手にわかって貰える日本語。そう思うとき、私は英語は日本語に比べて強い言葉だと思うのよね。

そういう経験を積んで、私は悟った。

英語と日本語の間にはモノの考え方、文化の溝がある。もうLost in translationだらけだ。こういう発見は外国生活の醍醐味でもあるんだけれど、でもその社会で生きていこうと思ったら、頭を切り換えるのは私の方。じゃあ、言葉に振り回されるのは止めよう。私は自分の言いたい内容を英語に変えて伝えよう、言葉の直訳ではなく、と思ったの。

英語の会話だけなら中学で習う語彙や構文で充分。大事なのは、自分の意見を持つこと、伝いたいメッセージを持って、自分の持っている言葉の限りを尽くして伝えることだと思う。

ぴーちゃんにはメッセージがある。それを伝える練習を積み重ねていけば、きっと会話は上達するわ。楽しみにしてる!

参考 ーーーーーーー

ありがとうの語源・由来】 ありがとうの語源は、形容詞「有り難し(ありがたし)」の連用形「有り難く(ありがたく)」がウ音便化し、ありがとうとなった。 「有り難し(ありがたし)」は、「有る(ある)こと」が「難い(かたい)」という意味で、本来は「滅多にない」や「珍しくて貴重だ」という意味を表した。

語源由来辞典から (http://gogen-allguide.com/a/arigatou.html)

Chancy村の春

***************************

文化の違いを価値に変えて仕事ができるようになる研修プログラムを御提供しています 詳しくはこちらをご覧ください。

お問い合わせはこちらからどうぞ。

帰欧は暖かい布団から出る冬の朝のようなもの

あなたの職場の多様性を価値とちからに変えるヨーロッパ・ジャパン ダイナミクス!わたしたちのホームページにようこそ。

ヨーロッパ・ジャパン ダイナミクスは何をする?–> こちらをご覧ください。

ヨーロッパ・ジャパン ダイナミクスとは誰?–> こちらをご覧ください

*****************************

【そこにあなたの思い込みがひそんでいるかも知れない】

店の人の応対がひどくぶっきらぼうでした。

「どのビール?」、「どのサイズ?」

ビールやグラスを指さして次々に私に聞く彼女。

「なんて無愛想な!」

初め私はそう思い、次の瞬間気がつきました。

「あ、これは私の感じ方なんだ。」

*****************************

ベルギーのブラッセル空港でのことです。日本からジュネーブに帰る途中の乗り換えでした。

ベルギーには、一村一ビールと言えるほど様々なビールがあります。私はそのベルギービールが大好きです。だから、ブラッセル経由の飛行機に乗るときは、乗り換え時間に本場のベルギービールを一杯飲むのがとても楽しみです。

今回も11時間のフライトを終え、次のフライトの搭乗口近くにあったバーにやくやくと立ち寄っりました。

 

ヨーロッパに戻った最初の瞬間に出会った人が、バーのカウンターにいた女の人でした。

「どのビール?」、「どのサイズ?」

ビールやグラスを指さして次々に私に聞く彼女。

「なんて無愛想な!」

初め私はそう思い、次の瞬間気がつきました。

「あ、これは私の感じ方なんだ。」

二週間の滞日中、どのお店に行っても人々の応対は親切で丁寧でした。帰路は日本の航空会社のフライトだったのですが、成田からブラッセルまでの11時間、超のつくほど良く気がつき、そのうえ微笑みを絶やさないキャビンアテンダントの方々に11時間も面倒を見て貰っていました。

ついさっきまでこんな状態だったので、私の頭の方がヨーロッパモードに切り替わっていなかったんですね。

バーの女の人はぶっきらぼうでも何でもないんです。お店の人は自分はお客と対等と思っています。だから特別なスマイルもなければ敬語も使いません。というか、ヨーロッパの言語には日本のような敬語はありません。

けれどもそれは、すっかり日本の接客に携わる人々の優しく柔らかい対応に慣れきっていた私にとっては「え!?」と思うことでした。実を言うと、そこには軽い不快感さえありました。ヨーロッパではお店の人がお客と対等だということを忘れていた私には、「彼女の応対はお客に対しぶっきらぼう」と感じられてしまったのです。

この落差!

丁度、冬の朝、暖かいお布団(日本の社会)から抜け出ると部屋の空気(欧州の社会)が特別冷やっと感じられるように。

欧州に30年近くも住んでいる私ですが、今も学び続けていることを今回もまた思い出しました;

「自分の価値観で人を判断してはいけない」

IMG_3458

*****************************

ヨーロッパ・ジャパン ダイナミクスは取材、執筆、講演を致します。–> こちらをご覧ください。

お問い合わせはこちらからどうぞ。

ビジネス、サービス、ホスピタリティ — どこに違いが出る?

あなたの職場の多様性を価値とちからに変えるヨーロッパ・ジャパン ダイナミクスのホームページにようこそ。

ヨーロッパ・ジャパン ダイナミクスは何をする?–> こちらをご覧ください。

ヨーロッパ・ジャパン ダイナミクスとは誰?–> こちらをご覧ください

*****************************

【いいサービスってなに?というお話です。】

ブラッセルの空港で日本行きの飛行機に乗り換えました。時間に余裕があったし夕食時でおなかも空いていたので、大好きなベルギービールとパニーニ(イタリア風の暖かいサンドウィッチ)を空港のカフェで頂きました。その時のことです。

食事を終えてホッと一息ついたとき、お皿とドリンクのグラスがさっと下げられました。目を上げるとギャルソンさんが、テーブルを片付けていました。

それで思い出しました。

パリにいたころ、街のカフェのギャルソンさんたちは空のお皿を下げることを急ぎませんでした。同じパリでも中華料理店に行くと、お皿が空になったとたんに下げられました。

それで私は学びました。どんなに質素な食事でも、空のお皿の上には食事の楽しみや喜びの余韻が残っていると。

お店の人々にはそれぞれ事情があるんでしょう。けれどもこの経験から、お店の人は食事を楽しみと考えて経営するのか、それとも単にお客に料理を提供するビジネスなのか、その違いが垣間見えるように思いました。

どんな食事でもそこには楽しみがあります。お店で働く人たちがお客にその楽しみを提供することを自分たちの仕事と考えること、それをホスピタリティと呼ぶのだと思います。

IMG_3363

*****************************

ヨーロッパ・ジャパン ダイナミクスは取材、執筆、講演を致します。–> こちらをご覧ください。

お問い合わせはこちらからどうぞ。

真の国際人の武器は言葉以前に好奇心という資質

グローバル・マネジャーという、国際人材養成を手がける会社の発行する、ウェブマガジンがあります。その最新号に、船川淳志さま(グローバル・インパクト代表)と私の対談記事が掲載されました。もしよろしかったら、どうぞ御笑覧くださいませ。
IMG_1594

国際会議一年生の教科書(3)ジュネーブとかけて、フェイスブックと解く、その心は?

あなたの職場の多様性を価値とちからに変えるヨーロッパ・ジャパン ダイナミクス!わたしたちのホームページにようこそ。

ヨーロッパ・ジャパン ダイナミクスは何をする?–> こちらをご覧ください。

ヨーロッパ・ジャパン ダイナミクスとは誰?–> こちらをご覧ください

*****************************

【ジュネーブとフェイスブックの深い関係】

ぴーちゃん、この前の国際シンポジウムではどうしても自分から他の人に話しかけられなかったと言ってたね。

良いことを教えてあげる。他の人がぴーちゃんに話しかけてくる方法があるんだ。

え?と思うでしょう。

その種明かしはね、フェースブックと同じなの。

ジュネーブとフェイスブック?それ、何の関係があるの?

じゃあ、行ってみよーー!

*****************************

ここでは、ジュネーブ、つまり国際会議の場所という意味です。

国際会議とフェイスブックには、大きな共通点があるんです。

ジュネーブとかけて、フェイスブックと解く、その心は?

“自分から情報を発信しないと、情報は集まらない。”

国際会議でも、フェイスブックでも、人と知り合おう、他の人が何をして、何を考えているか知ろうと思ったら、まず自分から考えを述べる、つまり情報発信することです。

ハッキリした意見でなくていいのです。質問でも、コメントでも、また、議論するテーマに関係のあることなら何でもいいのです。自分の考えでなくても、テーマに関する情報、つまり、自分の知っていることでもかまいません。会議なら、議事進行についての質問でもいいと思います。

私は友人に誘われてフェイスブックのアカウントを作ったものの、何もせずに2年ぐらい放置していました。あれこれ使い方を研究していたら、あっというまに数時間たってしまいそうだったし、友人とどう繋がるのか、全くわからないし。まして面白さなんてわかるはずもありませんでした。

そんな状態でしたから、フェイスブックでつながる友人の数もごく少ないまま。たまにサイトを見ても、何もめぼしい情報は見つからず、という2年間。なぜフェイスブックに人気があつまるのか、理解できませんでした。今思うと、情報の来ない悪循環を自分で作っていたのです。こんな状態でしたから、フェイスブックを活用するなど考えも及びませんでした。

フェイスブックを俄然見直したのは、2012年のこと。私はボランティアで、あるグループをジュネーブで立ち上げました。その宣伝方法を模索していた時に、ある地元の友人が、「あなたのグループ発足を私のフェイスブックに載せてあげるわ。私は200人ぐらいの友人とつながっているから、その人たちには知って貰えるわ。」と言ってくれたのです。

まさか、フェイスブックが役に立つ?と思いましたが、実際に自分でもやってみて驚きました。思わぬ人々から、コメントや、「いいね」のサインが返ってくるのです。目からウロコが落ちました。自分から手を挙げると、人はそれを見て反応してくる。これが発見でした。

そうと気付くと、私も他の人の記事や写真にコメントしたり、「いいね」をクリックしたりするようになりました。そんな活動(?)が、少しづつ積み重なって友人の輪も拡がり、昨年の夏休みには、20数年ぶりに留学時代のクラスメートたちとジュネーブの近くで再会することができました。フェイスブックのおかげで、途切れていた繋がりが復活したのです。まさに、フェイスブックの原点みたいな経験でした。

ITU-RAG_2017-0428談笑
会議の合間に談笑する人々。こういう機会も大事です。(ITUにて)

では、会議の場合はどうでしょう?

国際会議の場合は、会議中に何か一言、発言することです。会議に慣れていなければ、会期中に一回でもいいのです。

すると、反応が返ってきます。その時すぐにではないかも知れません。でも、私は、後でコーヒーブレークの時などに、誰かが寄ってきて、「さっきあなたの言ったことですが、、」と話しかけてくれる経験を何度もしました。これがフェイスブックの「いいね」みたいなもの、つまり、共感や関心です。

そうなればしめたもの。そこからの会話の展開は、自分がリードしていけます。私の発言が話題の出発点なのですから。

この方法のいいところは、他の人の会話に無理に入って行かなくてもいいことです。私が待っていれば、他の人が話しかけてきてくれるのです。しかも、私のよく知っているテーマで。これで、言葉のハンデの壁は、だいぶ低くなります。

会議の場では、大抵の人には、新しい知人を作りたいという気持ちがあるものです。そういう人々は、他の人に話しかけるきっかけを探しています。だから、私がそのきっかけを提供するのです。

同じテクニックは、国際会議の他にも応用できます。なにかのコンファランスでもセミナーでもいいのです。自分が前に出て発表する場合は、他の人に自分を知って貰えますからそれでいいのですが、聞き手の場合はそうはいきません。そういう時、私は、一回は手を挙げて、質問でもコメントでも、何か一言発言することを自分への宿題にしています。

今回はテクニックめいたこと書きましたが、私は心とテクニックは深く繋がっていると思います。心があって初めて、テクニックは生きるのです。

心の目を、議論そのものだけでなく、他の参加者や会議そのものにも向けてみてください。議論にもう一つ自分の見解を加えること、テーマに関して自分の知っていることを他の参加者とシェアするということは、会議に貢献することにもなります。

こうして、会議は一人一人の参加者が作り上げていくのです。

掲載: ITU ジャーナル Vol. 43, No. 6, 2013年6月

***************************

文化の違いを価値に変えて仕事ができるようになる研修プログラムを御提供しています 詳しくはこちらをご覧ください。

お問い合わせはこちらからどうぞ。