日本がボクを苦しみの底から立ち上がらせたースイスのある青年 (2)

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【あなたは自分の言葉で自分の考えを語っていますか?】

「マンガが大好き」という自分に気がついた時、どん底の苦しみから立ち上がる力を得たスイスの青年ラユンさん。彼と一問一答しました。テーマは日本。

日本のサブカルチャーが面白い、でも本音と建て前のあるところが嫌い。

ではその日本人の心の壁をラユンさんはどうやって乗り越えているんでしょう?

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思い思いの仮装が楽しそう!日本マンガナイト

栗崎 日本の面白さは何ですか?

ラユンさん サブカルチャーの多様なところです。都会と田舎、京都と秋葉原、伝統もポップカルチャーもあります。そういう対比が面白いと思います。

栗崎 では、日本の嫌いなところは何でしょう?

ラユンさん 一つは、本音と建て前があることです。それは日本人の自己防衛なんでしょうけれど。僕は日本語を話すから日本人の内心がわかります。

僕は、建前の答えを貰うのでなく、人と本音で話したいと思うので、会話の中で、「あなたはどう考えますか?」という問いかけを始めた。僕に自分の言葉で、自分の考えを語って欲しいと思って。

僕は日本人じゃないから、僕に何を言ってもそれを誰かに喋る危険がありません。そうやって、自分がイニシアチブをとって、信頼関係を育てて行きたいと思います。

二つめは、サービス業の人達が、まるでお客様の奴隷に見えてしまうところです。両者の立場が対等ではないのです。そういう精神は、スイス人には理解が難しいことです。

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ラユンさんは日本をよく見ている。

あなたは自分の言葉で自分の考えを語っていますか?

 

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日本マンガナイトにはスイス中から若者が集まる。この仮装も楽しみのうち!

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日本がボクを苦しみの底から立ち上がらせたースイスのある青年 (1)

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【あなたの「大好き」は何ですか?】

「自分はこれが大好き!」という生き方を通じて苦しみの底から立ち上がった青年がいます。

スイスの若者ラユンさんにとって、その「大好き」は日本のマンガやアニメでしたーーと、それだけなら驚くことはないかも知れません。けれども、ここまでどん底もそこからの這い上がり方も徹底している人は少ないと思います。

あなたの「大好き」は何ですか?

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「オタク?興味ない。自分はそういう人とは友達になれそうもないから。」

私はそう思っていた。

ラユン・ヒューリマンさんに会って、私は自分のモノの見方が狭かったと知った。(写真ラユンさん)

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ラユンさん(写真提供も)

ラユンさんは、チューリヒの公共交通局で働く、25歳の若者だ。

ラユンさんは、「日本は自分の人生を変えた」という。

彼のフェースブックの自己紹介は彼が日本語で書いたものだ。

「オタク文化の喜びを共有する事に情熱を注ぎ、ファンに日本文化を促進するために、イベント組織と共に活動しています。」

ラユンさんは、スイスのどこにでもいそうな好青年だ。日本で言うオタクという言葉にまつわる、漫画や昆虫など、何か一つのことに夢中になるあまり、引っ込み思案な性格とか、ちょっと変わっているというイメージは、彼にはない。

その彼が、自分はオタク、という。

え?なぜオタク?そもそも、なぜ日本に関心が向いたの?

私は、興味のかたまりになった。

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ラユンさんの住まい(写真提供 ラユンさん)

アニメから日本を知った。

ラユンさんが日本のアニメにのめり込んだのは、学校でいじめに遭い、苦しみ抜いた10代の終わりだった。

ラユンさんは性格の優しい人だ。スイスでは男の子は強い態度を見せないと、いじめに遭うという。彼は、いじめに耐えきれず16歳で学校を自主退学し、その後、進路を変えて職業学校に入学した。

しかし、そこでも再びいじめに遭うようになり、再び自主退学を余儀なくされた。17歳の時である。

二度の退学に、ラユンさんはすっかり自分に自信をなくした。毎日死にたいと思ったという。

遂に彼はあるクリニックに入院した。

やっと回復し始めた頃、彼は社会復帰を支援するプログラムに参加した。そこで出会った女の子が日本のアニメのファンだったことから、ラユンさんも子供の頃好きだったアニメを思い出し、再びのめり込んだ。

「どうして僕は、アニメを止めたんだ?」と思ったという。

スイスでは、ドイツのウェブサイトから、アニメを好きなだけ見ることができた(ラユンさんは、スイスのドイツ語圏の人だ)。そうして、アニメを通して日本に興味を持つようになり、日本についてもっと知りたくなった。

自分の大好きなものを見つけたラユンさんは、18歳になった時ハラが据わった。「自分の人生を創ろう、いじめに負けない自分になるぞ」と決心した。

彼は社会復帰を試みて、仕事探しを始める。二度の退学と入院歴のある若者に仕事はなかなか見つからなかった。180通の履歴書を送ったという。その中で、ただ一つ、スイス国鉄だけが、見習い社員として3年間働くオファーをくれた。(註:ここでいう「見習い社員」とは、スイス独特の教育制度の一部。職業学校に通いながら、週の大半は職場で働き、必要な技能を身につける。)

ハラを括った彼は、猛然と外国語の勉強を始めた。日本語、英語、フランス語を一度に学んだという。同時に、憧れの日本に行くお金を貯めた。

挫折を乗り越えてフクシマと出会った。

ようやくお金を貯めて日本行きの航空券を買った2011年、思わぬ災難に見舞われる。出発日は、東日本大震災の二週間後だったのだ。フライトはキャンセルとなり、初めての日本行きの夢は潰えた。ラユンさんはこれ以上ないほど、がっかりしたという。

けれども、彼はくじけなかった。そういう自分をなんとかしようと思った。そして、つらさに真正面から向き合った。

丁度、職業学校の卒業研究のテーマを選ぶ時期に来ていた。ラユンさんは、「フクシマの復興」をテーマに選んだ。学校の性格上、本来なら経済や産業に関するテーマでなければならなかった。けれども先生に相談すると、やってみなさいと励まされた。

ラユンさんは、英語と日本語で資料を集め、研究レポートを書いた。それは最優秀作品に選ばれた。

「小学生時代、ゲームばかりしてちっとも勉強しなかった僕ですが、優秀な成績でその職業学校を卒業しました。」と彼は言う。

更に自信を得たラユンさんは、「自分はもっとできる。」と思った。そうして、再び日本行きを志した。

2011年12月、ラユンさんは、遂に日本行きを果たす。真っ先に訪れたのは仙台、そして福島だった。その計画に両親は大反対したが、自分はあなた(福島の被災した人々)のことを考えているということを、行動で示したかったという。

福島では、原発被害による立ち入り禁止区域から2キロの場所まで行ってみた。涙が止まらなくて、2時間だけそこにいて東京に戻った。

彼は今でも日本に行くと必ずお見舞いの品を持って福島の被災地を訪れ人々を励ましている。

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福島の被災地を訪れたラユンさん(写真提供 ラユンさん)

ラユンさんにとってのオタクとは

ラユンさんは、アニメをきっかけに、オタクを知った。学生時代にスイスの“漫画フォーラム“で知り合ったアニメ好きの友人が、「オタク」といわれる人々のいることを教えてくれたのだ。

ラユンさんにとってオタクとは、「自分が情熱を傾ける“何か”に対し誇りを持つ人々」と映った。彼はそこに、アニメを好きになることで本来の自分にコネクトし、立ち直った自分と同じものを感じた。

そんなラユンさんだから、初の日本旅行では、仙台、福島の後に東京コミックマーケット(コミケ)を訪問した。(註:東京コミックマーケットは、世界最大の同人誌即売会。例年8月と12月に開催される。漫画、アニメ、ゲームを始め、現代日本の様々なポップカルチャーが一堂に集う場となっている。ウィキペディアより抜粋。https://ja.wikipedia.org/wiki/コミックマーケット

以来、彼は何度も日本を訪問し、オタクの同好の士と友人になり、コミケの常連となった。日本に行くたびにアニメに題材をとったポスターや、タオル、枕など色々な“グッズ”を買い、自分の部屋をアニメだらけにした。それを写真に撮ってウェブサイトに載せたら、いつの間にか「スイスのオタク」として、日本のオタクの間で有名になっていた。

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ラユンさんのコレクション(写真提供 ラユンさん)

ラユンさんはオタクをどう考えているか、ここで彼の言葉を引用しよう。

「僕はオタク人生を楽しんでいます。オタクとは、自分の大好きなことを持っている人のことです。僕は日本のアニメのイラストが好き。そこにイラストレータのパッションを感じます。技術もアートセンスも素晴らしい!」

「僕は、日本で『スイスのオタク』、『美少女ゲームをするスイス人』として有名になり、オタクたちのチャットにも登場するようになった。

やがて彼らは、僕を日本のオタクと比べるようになりました。

けれども、そういうことは、僕は嫌いです。それは、他人を自分の価値で判断することだからです。

僕はレッテルを貼られるのはいやです。

自分の好きなことを好きでいるのは、何も悪くない。そのままの自分でれば良いんです(Be yourself)。そう思ったとき、『よし、僕は日本のオタク文化を変えよう。』と決心しました。」

僕のしたいこと

そんなラユンさんだが、日本社会でオタクは必ずしも良く思われていないことを知っている。偏見にも気づいている。

彼自身、日本のオタクは自分の良いと思うことをやり過ぎる、と感じることがある。キモイ格好で秋葉原を練り歩くなど、これはどうかという行動をとるオタクもいる。彼、彼女たちは他のオタクや一般の人々の注意を惹きたいのだろうが、それもまた、他の人に自分の価値を押しつけていることになっていないかと思う。

だが、ラユンさんは、時にはそういう奇異な行動をとるオタクの内心もまた感じ取っている。日本のオタクは、人を、社会を、現実の女の子たちを恐がっているんじゃないだろうか、と。彼らは孤独なのだ。

ラユンさんは、それを変えたい。彼らが、自分の値打ちを自分で受け入れ、認められるようになるようになって欲しいと思う。

再びラユンさんの言葉を借りよう。

「僕はオタクである喜び、つまり、何か大好きなことがあるという生き方を通じて、日本の人達を力づけたいと思います。自分の価値を自分で認められるようになって欲しい。小さくなる必要は無いと気づいて欲しいのです。」

ラユンさんは、その気持ちをすぐに行動に移した。彼はツイッターなどSNSで毎日自分を語っている。彼は「自分はこうだ、こう思う」と語るが、他の人に自分のようにしなさいとは言わない。

ラユンさんは、自分は新しいオタクのモデル(ありかた)だと思っている。ツイッターで「スイス大使ラユン」と自分を名乗るのはそのためだ。

ラユンさんにとり、日本人は、オタクを通じて、なにか大好きなことを持っていることの喜びを教えてくれた人達だった。彼はその喜びを他の人達にも分かって欲しいと思う。その為に、日々行動している。人や社会に文句を言うだけでは物事は変わらない。行動すること、自分に出来ることだけで良いからーー彼はそう考える。

 「自分の夢を大事にして、自分の歩いてきた道を大事にして、諦めないでください。」というメッセージで、ラユンさんは話しを結んだ。

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欧州で自分の考える正しさを語るとは?ースイス国鉄での経験から学んだこと

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【英語の勉強をしてるけれど話せない、と悩む方へ】
自分の考えを相手に説明すること、小さな疑問でも聞いてみることを習慣にすると、あなたは飛躍的に外国語で話ができるようになります。ではそれはどういうこと?ーーそれは例えばこんな風に日常生活の場面に表れるんです。

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スイス国鉄に手紙を書いて投函したのは月曜日。

金曜日には返事と共にこんなカードが届いた(写真)。32フランの金券だ(約3200円)。

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ああ、この労力が無駄になってもいいからとハラを決めて手紙を書いて良かった、と思った。

そして、これがヨーロッパなんだ、とも。

なぜこのカードが送られることになったんでしょう?こんなわけがあるのだ。

ある日のこと、私は夕方始まる会合のためにチューリヒに行った。チューリヒまでジュネーブからは乗り換え無しの列車で3時間弱の距離だ。

ところが会合の帰り道、最終の直行列車に乗り遅れた。

仕方ない、時間は長くかかるが、一本後のベルンで乗り換える列車に乗ればいい。ジュネーブに着く頃には、まだ帰宅するためのトラムは走っている。私は大して心配もしなかった。

ところが、その日に限って私の乗ったチューリヒ発ベルン行きの列車はベルンの手前で止まってしまった。スイスの冬の午後10時過ぎは真っ暗だ。その暗闇の中、どこにいるかもわからない。その間20分間ぐらいだった。

その20分間のおかげで、私はジュネーブに行く接続の列車に乗れなかった。

原因はわからない。車内アナウンスがガランとした車内に流れたが、ドイツ語だけだったので私にはわからなかった。スイス国鉄には珍しいことっだ。この国の列車では、たいてい仏独英語の三カ国語で放送があるのに。

私は、近くの乗客に「今なんて言ったんですか?」と尋ねるようと思ったが止めた。乗るはずだったジュネーブ行きに乗れないことは明らかだ。列車も動き始めた。今更理由がわかたっところで、私の助けにはならないと思ったのだ。

ベルン駅で待つこと30分、午後10時半を過ぎた駅はがらんとしていて寒かった。ジュネーブ方向に向かう列車に乗ったのは11時過ぎ。今度はちゃんと帰れると思うとホッとしたが、さすがに疲れもした。その列車は途中のローザンヌまでで終点になる。私はそこでもう一度乗り換えてジュネーブに行かなければならないからだ。

でもまあいいか、家には帰れる。

スマホで時刻表を調べると、私の家に向かうトラムの最終には間に合わないことがわかった。駅からタクシーを使わなければならない。

でもまあいいか、ジュネーブ駅前にはタクシーが待っている。

しかしジュネーブのタクシー代は世界一高い(と私は思う)。なぜ私はタクシー代を払わなければいけないのか?こうなったのはチューリヒ発ベルン行きの列車が遅れたからだ。そう思うと、これはスイス国鉄にタクシー代を賠償して貰わなければならないと思えた。

そこに車掌が検札に来た。

彼に事情を話し。誰宛に手紙を書けばいいか尋ねると、スイス国鉄はタクシー代を賠償しないという。

「それはいいから、私はスイス国鉄にこの件で手紙を書きたいんです。誰に宛てて書けばいいですか?」もうその時には私もカッカしていたから迫力があったんじゃないだろうか?

車掌は、カスタマーサービス(顧客係)の住所を書いた名刺大のカードをくれた。

私はジュネーブからタクシーに乗った。最終のトラムはとっくに出た後だった。タクシー代は32フラン(約3200円)。領収証を貰っておいた。

実際私は迷った。手紙を書くだけ無駄じゃないだろうかと。車掌に「賠償しません」と言われていたからだ。

けれども、やっぱりハラが納まらない。自分がスッキリするために事情を説明する手紙を書き、「、、、という理由ですから私はスイス国鉄にタクシー代32フラン分を請求いたします。同封の領収証を御参照してください。」と結んだ。

それが、意外や意外、4日後には冒頭のカードが私に送られてきたというわけだ。

それだけではない。スイス国鉄からの手紙には、タクシー代を弁償するだけでなく、「列車が遅れホテルに泊まらざるを得なくなった場合には、ホテル代も弁償します」と書いてあった。

他の国だったらどうなるんだろう、こういう場合?

スイスの人は真正直だなあと思うのはこういうときだ。私はタクシー代の件で手紙を書いたのだ。その返事に、ホテル代のことまで教えてくれるとは。黙っていても良さそうなものなのに。

あの深夜の列車で車掌に手紙を書いても無駄だよと言われても、諦めなくて良かった。理を分けて話せばわかる人達がいるんだと思った。

人は皆、それぞれなりの正しさを持っている。10人の人がいれば10通りの正しさがある。

あの車掌の言ったことも彼なりの正しさだったんだろうと思う。

そして、私には私なりの正しさがあった。

私は、自分なりの正しさをスイス国鉄に説明した。スイス国鉄には賠償のルールがあるのだろうが、それを掘り当てたのは私が手紙を書いたからだ。

うーーん、これがヨーロッパなんだと思うのだ。自分なりの正しさを主張できるところ。結果はともかく、言ってみることができるところ。

今でこそ私はこんな知った風なことを書いているけれど、この文化に慣れるまで20年かかった。今でも、欧州人の友人たちを見ていて、「そこまで言ってみるの?」と思うことがままある。そういう私はヨーロッパでは主張の少ない人、温和しい人なんだろうと思う。

それでもいい。納得できないことがあったら、「私はこういう理由で、こう思います」と言えるところ、むしろ互いにそう言い合って成り立っている社会。それが言い争いではなく、淡々と互いに自分の考えることを語り合える社会。それがヨーロッパだと思う。もちろん、そこには良いところも不便なところもあるが、このカードが封筒から出てきたときは、「言って良かった」と思ったのだった。

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イノベーションに女性の参加は欠かせない

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社会のダイバーシティはイノベーションに不可欠だということは広く知られている。現に、外国人の人口比率が約20%を占めるなど、ダイバーシティ豊かなスイスは、世界一のイノベーション大国でもある。

そのダイバーシティの大きな要素として、ジェンダーを見落としてはならない。ところが、スイスでもこの点にはまだまだ改善の余地があるという。科学技術分野の仕事や組織の意志決定には、女性の参加率は低いというのだ。筆者は、その情況を改善するために自身の職場で、また経営におけるジェンダーバランスのコンサルを行なっている二人の女性と知り合った。ジェンダーとイノベーションはどう繋がるのか?このテーマは、わかるようでなかなか分かりにくい。

早速このお二人にお話しを伺った。

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アンドレア・ダンバーさん

二人の専門家

取材に応じてくれたのは、イノベーション支援の実務に携わるアンドレア・ダンバーさん(写真1)と、ダイバーシティラボというNGOを主宰するジョイス・ビンダ-さんだ(写真2)。

ダンバーさんはアメリカ生まれ、光学で博士号を取った後、研究を続けるために、イノベーションを次々に生み出すことで世界的に有名なスイス連邦工科大学ローザンヌ校(EPFL)に来た。今は専門を生かし、ヌシャテル州政府の産業政策の一環として、CSEMという会社でベンチャー企業に技術移転の支援を行っている。

ビンダ-さんは、ブラジル生まれ、ベルギーとイギリスで仕事をした後、スイスに移住した。英国在住中にジェンダー研究で修士号を取った経歴を生かし、スイスでダイバーシティラボというNGOを設立、今では組織活性化のためにジェンダーバランスを生かす経営のコンサルや、啓蒙活動を行っている (ビンダーさんのウェブサイト<英語>はこちらです)。

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ジョイス・ビンダーさん

女性の参加がイノベーションを促すのはなぜ?

栗崎 なぜ、女性の参加がイノベーションに必須なのですか?

アンドレア・ダンバー 理由は二つあります。

一つ目は、イノベーションは何かの境目を越えたところに生まれるからです。ジェンダー、文化、専門分野などの違う人々が集まり、それぞれなりの視点や、発想を交換し合うことから、人は物事を新しい側面から見ることに気づくのです。

二つめは、イノベーションの成果が誰にも享受できるものでなければならないからです。女性は人類の半分を占めるのですから、利益享受者としてもイノベーションを生み出す過程への女性の参加は不可欠です。

ジョイス・ビンダ- イノベーションは、異質な人々の集まるところで生まれます。性であれ、文化であれ、色々な人が社会には必要です。ものの見方、考え方の違う人々が集まり、共通の目標に向かって行動を起こすとき、そこに異質な存在との対話が生まれます。その過程で、互いに対する偏見や思い込みが外れていき、イノベーションが生まれるのです。

栗崎 何故イノベーションに関わる女性は少数なのでしょうか?

ダンバー これは欧州全体にいえることですが、採用や、昇進の決定権のある管理職の大半は男性です。彼らは女性よりも男性と働く方が容易だと思うようです。企業の役員に女性が3人以上いる場合、その企業の業績は平均よりも高いという調査結果があるのですが、採用や昇進の現状はなかなか変わらないでいます。ジェンダーはイノベーションを生むエンジンなのですが。

栗崎 スイスのイノベーションに女性は大勢参加していますか?

ダンバー 現状では、残念ながら女性の参加はまだまだ不足しています。博士号を取るまでは男女平等なのですが、企業の中では平等ではありません。意志決定に参加する女性は大変少数です。

ただ、希望はあります。米国と違い欧州では、専門職でも80%の時間だけ働くなど、パートタイムの働き方ができます。出産、育児期の女性はこのような制度を利用して働き続けられるので、女性管理職者の数はゆっくりではあれ、増えています。

栗崎 女性をもっとイノベーションに参加させるには、どんな解決法がありますか?

ダンバー 女性をあるレベル以上の責任あるポストに就けることには(経営者の)精神的なブロックが大きいのです。それを減らし、取り除くためには、マネジャーが実際に女性と仕事をする経験を積む必要があります。

各社の男女平等指数を測定し、合格点を取った企業に認証を与えるなど、男女平等の推進施策が必要ですね。

私は技術移転で企業に助言をする立場にあるのですが、担当する企業のプロジェクトに必要な人材の採用ニーズが出てきた場合は、いつも女性を推薦しています。

ビンダ- スイスにも女性管理職者の数の増えている企業があります。それらに共通している点は、社員のダイバーシティ増加が組織のために不可欠である状態だということと、社長が強力に推進していることです。ある会社などは、人事部の反対を社長が押し切りました。

栗崎 ダイバーシティからどうやってイノベーションは生まれるのでしょう?

ビンダ- カギは二つです。異なる考え方を持つ人どうしがふれあうこと。そして、その異質なアイデアを、自分の価値判断無しに受け入れる開かれた心です。そういう人々の頭に、斬新なアイデアは閃きます。これがイノベーションです。イノベーションはモノの形を取らないことも多くあります。反対に、ステレオタイプの目で物を見ることは、イノベーションの敵です。そこで思考が停止するからです。

取材を終えて

お二人のお話しを伺って、筆者は日本社会を考えた。欧州に比べると今でも日本は大変な同質社会だが、それを乗り越えるためには、日本で常識と思われていることに囚われないで物事を見る練習を日々心がけると良いかも知れない。こういう訓練は日本のイノベーション力復活に役立つに違いない。

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真の国際人の武器は言葉以前に好奇心という資質

グローバル・マネジャーという、国際人材養成を手がける会社の発行する、ウェブマガジンがあります。その最新号に、船川淳志さま(グローバル・インパクト代表)と私の対談記事が掲載されました。もしよろしかったら、どうぞ御笑覧くださいませ。
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国際会議一年生の教科書(3)ジュネーブとかけて、フェイスブックと解く、その心は?

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【ジュネーブとフェイスブックの深い関係】

ぴーちゃん、この前の国際シンポジウムではどうしても自分から他の人に話しかけられなかったと言ってたね。

良いことを教えてあげる。他の人がぴーちゃんに話しかけてくる方法があるんだ。

え?と思うでしょう。

その種明かしはね、フェースブックと同じなの。

ジュネーブとフェイスブック?それ、何の関係があるの?

じゃあ、行ってみよーー!

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ここでは、ジュネーブ、つまり国際会議の場所という意味です。

国際会議とフェイスブックには、大きな共通点があるんです。

ジュネーブとかけて、フェイスブックと解く、その心は?

“自分から情報を発信しないと、情報は集まらない。”

国際会議でも、フェイスブックでも、人と知り合おう、他の人が何をして、何を考えているか知ろうと思ったら、まず自分から考えを述べる、つまり情報発信することです。

ハッキリした意見でなくていいのです。質問でも、コメントでも、また、議論するテーマに関係のあることなら何でもいいのです。自分の考えでなくても、テーマに関する情報、つまり、自分の知っていることでもかまいません。会議なら、議事進行についての質問でもいいと思います。

私は友人に誘われてフェイスブックのアカウントを作ったものの、何もせずに2年ぐらい放置していました。あれこれ使い方を研究していたら、あっというまに数時間たってしまいそうだったし、友人とどう繋がるのか、全くわからないし。まして面白さなんてわかるはずもありませんでした。

そんな状態でしたから、フェイスブックでつながる友人の数もごく少ないまま。たまにサイトを見ても、何もめぼしい情報は見つからず、という2年間。なぜフェイスブックに人気があつまるのか、理解できませんでした。今思うと、情報の来ない悪循環を自分で作っていたのです。こんな状態でしたから、フェイスブックを活用するなど考えも及びませんでした。

フェイスブックを俄然見直したのは、2012年のこと。私はボランティアで、あるグループをジュネーブで立ち上げました。その宣伝方法を模索していた時に、ある地元の友人が、「あなたのグループ発足を私のフェイスブックに載せてあげるわ。私は200人ぐらいの友人とつながっているから、その人たちには知って貰えるわ。」と言ってくれたのです。

まさか、フェイスブックが役に立つ?と思いましたが、実際に自分でもやってみて驚きました。思わぬ人々から、コメントや、「いいね」のサインが返ってくるのです。目からウロコが落ちました。自分から手を挙げると、人はそれを見て反応してくる。これが発見でした。

そうと気付くと、私も他の人の記事や写真にコメントしたり、「いいね」をクリックしたりするようになりました。そんな活動(?)が、少しづつ積み重なって友人の輪も拡がり、昨年の夏休みには、20数年ぶりに留学時代のクラスメートたちとジュネーブの近くで再会することができました。フェイスブックのおかげで、途切れていた繋がりが復活したのです。まさに、フェイスブックの原点みたいな経験でした。

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会議の合間に談笑する人々。こういう機会も大事です。(ITUにて)

では、会議の場合はどうでしょう?

国際会議の場合は、会議中に何か一言、発言することです。会議に慣れていなければ、会期中に一回でもいいのです。

すると、反応が返ってきます。その時すぐにではないかも知れません。でも、私は、後でコーヒーブレークの時などに、誰かが寄ってきて、「さっきあなたの言ったことですが、、」と話しかけてくれる経験を何度もしました。これがフェイスブックの「いいね」みたいなもの、つまり、共感や関心です。

そうなればしめたもの。そこからの会話の展開は、自分がリードしていけます。私の発言が話題の出発点なのですから。

この方法のいいところは、他の人の会話に無理に入って行かなくてもいいことです。私が待っていれば、他の人が話しかけてきてくれるのです。しかも、私のよく知っているテーマで。これで、言葉のハンデの壁は、だいぶ低くなります。

会議の場では、大抵の人には、新しい知人を作りたいという気持ちがあるものです。そういう人々は、他の人に話しかけるきっかけを探しています。だから、私がそのきっかけを提供するのです。

同じテクニックは、国際会議の他にも応用できます。なにかのコンファランスでもセミナーでもいいのです。自分が前に出て発表する場合は、他の人に自分を知って貰えますからそれでいいのですが、聞き手の場合はそうはいきません。そういう時、私は、一回は手を挙げて、質問でもコメントでも、何か一言発言することを自分への宿題にしています。

今回はテクニックめいたこと書きましたが、私は心とテクニックは深く繋がっていると思います。心があって初めて、テクニックは生きるのです。

心の目を、議論そのものだけでなく、他の参加者や会議そのものにも向けてみてください。議論にもう一つ自分の見解を加えること、テーマに関して自分の知っていることを他の参加者とシェアするということは、会議に貢献することにもなります。

こうして、会議は一人一人の参加者が作り上げていくのです。

掲載: ITU ジャーナル Vol. 43, No. 6, 2013年6月

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