空港のセルフチェックインは誰のため? ー 欧州ICT社会読み説き術 (13)

空港ロビーでの戸惑い

12月の終わりのこと、日本に帰省しようと久しぶりにジュネーブ空港に行くと、出発ロビーの景色が変わっている。まっすぐチェックインカウンターに行けない。え?

カウンターはズラリと並んでいる。そこに並ぶ人々の交通整理のために、ロープが張ってある。そこまではいつもと同じ。

ところが、そのロープで作った行列に付く手前に、セルフチェックイン キオスクが10台余り並んでいる(写真)。その機械を使って、自分でボーディングパスと、荷物札を作成してからでないと、行列に付けない。航空会社スタッフが、行列ゾーンの入り口に立っていて、そうとは知らずに真っ直ぐカウンターに向かおうとする人に、注意を促している。「まず、あの機械を使ってご自分でチェックインを済ませて来て下さい。」そうか、航空会社はいよいよ本格的に、チェックインを、航空会社から乗客の手に移そうとしているな。

私は、これから乗るA航空のキオスクを使うのは初めてだったが、何とか一回で搭乗券と荷物札を出せた。

と書いたが、実は途中で一回つまづいた。パスポートを機械に入れよ、という指示が出たときである。私のパスポートは、機械読み取り式になる以前の旧式タイプだ。試しに機械に入れてみたが反応がない。当たり前だ。そういう場合どうするか、指示書きは、スクリーンを舐めるように捜しても見あたらない。不安から、ストレスレベルが急に上がる。

思い切って、パスポート番号、発行地などをキーボードから直接入力してみた。機械はそれを受け取った。やった!ストレスがストンと音を立てて落ちる。私のような乗客の心臓のために、「人手で入力も出来ますよ」と、スクリーンに一言書いておいてくれればいいのに。

こういう小さなことでつまづくのは、私がアナログ人間で、コンピュータに弱いからだろうか、と弱気になる。いや、そういう人は私一人ではないはず、と気を取り直し、チェックインカウンターに向かう。荷物を預けるために、結局はカウンターに行かなければならないのだ。以前は、私と荷物のチェックインは、同時に同じカウンターで済ませられたのに。

20キロの重量制限ぎりぎりまで詰め込んだトランクのチェックインも、無事に済んだ。やれやれと思い、キオスクを振り返ると、大勢の人が機械に張り付いている。私のように不慣れなためか、スクリーンに表示される指示を一つ一つ丁寧に読み、考え込み、ゆっくり操作を行なう人々。2-3人の人々が操作する人を取り囲んでいるキオスクが多いが、それは帰省する家族連れか。ジュネーブには、外国から働きに来た人、移住した人が何万人もいるが、その人々が一斉に動くのがクリスマス前の数日間だ。

ジュネーブ空港

ジュネーブ空港

キオスクの導入がジュネーブ空港で始まって、10年近く経つ。順番からいうと、航空券の電子化(Eチケット)化を待って初めて、セルフチェックインの普及が可能になった。Eチケット化により、乗客のID(本人確認書類)と航空券の相互チェックを、人が紙媒体を使って行なう必要が無くなったからだ。

それでも、セルフチェックインに不慣れな乗客はまだ多い。飛行機は電車と違い、毎日それに乗って通勤する乗り物ではない。だから、慣れた人よりも慣れない人の方が圧倒的に多いのは道理だ。

私は、キオスクの前でとまどう人々を見る度に、セルフサービスは誰のためなのか、とつい考える。

航空会社にとって、チェックイン業務自動化のメリットは大きいだろう。作業を効率化し、精度を上げ、かつカウンター業務を軽減できる。

乗客のメリットは?チェックイン自動化を推進する航空会社には申し訳ないが、私の限られた経験だが、際だった利は無いように思えて仕方がない。キオスクが空くのを待ち、キオスクを操作し、更に荷物を預ける場合はそのためにまた並ぶ。二人以上で、一緒に旅行する場合はなお時間がかかる。キオスクでは複数の人は一度にチェックインできないからだ。

日本の事情は?

ところが、日本では事情が少し違うようだ。帰路にチェックインした成田空港にも、キオスクはあり、それを利用している人々もいた。しかし、ジュネーブ空港と違い、キオスクの利用を強制されはしない。私は、迷わず人手でチェックインを済ませた。その方が私には便利だからだ。

その時、チェックイン カウンターに、セルフチェックイン キオスクが一台づつ備え付けられていることに気付いた(写真)。キオスク付きのカウンターを見るのは初めでだ。ここでは人手でチェックインできるのに、何故機械があるのだろう?屋上屋を重ねるようなものではないか。

成田空港

成田空港

係の人にその理由を尋ねて驚いた。このカウンターを利用する外国の航空会社の中には、乗客全員にキオスクを使って自分でチェックインをして貰うところもあるのだそうだ。つまり、人手でチェックインしようとする乗客を水際で止めるということだ。キオスク付きカウンターは、チェックインという業務を乗客の手に移そうという、その航空会社の強い意志の表われのように、私には思えた。

文化はICTとともに

セルフチェックインの時流は、日本の空の玄関にも押し寄せている。欧州でその普及が進んだ今、日本に発着する外国の航空会社が、日本の空港でも同じことを必要とするのは、自然の成り行きだろう。

一方、日本は優れた情報技術を持っているが、同時に、お客様にはきめ細かい対応をするべしという考え方が、社会の隅々にまで根付いている。それは日本の文化だ。そういう日本に、セルフチェックインという、ある意味で、お客様の手を煩わすシステムが、根付こうとしている。その変化が、国際空港という外国との接点から始まっている。

しかし、業務の機械化自体は、新しいことではない。鉄道駅の自動改札や、銀行の現金出し入れ機は、今では日本にすっかり根付いた。 今まで日本人には高級イメージのあった空の旅も、その後を追っているといえよう。文化はICTと共に変化する。

掲載: NTTユニオン機関誌「あけぼの」2013年2月号

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