ソーシャル・メディアに敷かれる人工芝 ー 欧州ICT社会読み説き術 (11)

9月の終わりにジュネーブで、「ソーシャル メディアの倫理と義務」というテーマで、小さなコンファランスが開かれた。主催は、 スイス コミュニティーマネジャー アソシエーションという、コミュニケーション専門家の団体である。

コミュニティーマネジャ?

コミュニティーマネジャとは、ソーシャルネットワーキングシステム(SNS)をメディアとして積極的に使い、いろいろな目的のために、顧客とのコミュニケーションを作り育てることを、仕事として行なう人々を指す。

具体的にはこういうことだ。多くの会社がフェースブック(FB)ページや、ツイッターアカウントを持っていて、顧客とのコミュニケーションに使うことを、ご存知の読者は多いと思う。たとえば、スイス放送機構の傘下にある”スイスインフォ”には日本語部門があるが、その部門もフェースブックページを持ち、新しいニュースをコミュニティの参加者に知らせたり、報道記事についての読者の感想を募ったりしている

そのような活動は、コミュニティー マネジメントと呼ばれるが、その活動を担う人々が、コミュニティーマネジャである。

コミュニティーマネジャの主な任務は、SNSを利用して、ある企業や商品のブランド力の向上を図る、広く消費者の声を集めることなどにある。だから、コミュニティーマネジャは、会社の広告宣伝や、マーケティング担当部門に所属する場合が多い。また、新しい職種なので、フリーランスのコミュニティーマネジャが、企業や、団体と契約してこのような活動を行なう場合もある。

そのコミュニティー マネジメントが、なぜ、倫理や義務と結びつくのだろうか?

やらせ、さくらがSNSにも

実は、SNSにも、見せかけの読者や、商品やサービスのレビューを宣伝を目的として書く人々、お金で買われたフォロワーが登場するようになったからだ。これが、SNSを使った、アストロターフィング(Astroturfing)という活動である。

私は、アストロターフィングをこのコンファランスで初めて知った。早速調べてみるとこんな説明を見つけた。

アストロターフィングとは、ウィキペディアによれば、アメリカで発売されている人工芝「アストロターフ」から作られた造語で、団体・組織が背後に隠れ、自発的な草の根運動に見せかけて行なう意見主張・説得・アドボカシーの手法のこと。政治的目的に限らず、商業宣伝手法として、一般消費者の自発的行動を装ったやらせの意味でも用いられる。

元来、人工芝の例えは、純然たる市民運動、つまり「草の根運動」との対比として誕生した。見せかけの市民運動、つまり、本当の草でない、人工芝である。

アストロターフィングと同様の行為を意味する言葉で、ステルスマーケティングという呼称もあるが、その違いは、実際には必ずしも区別されていない場合が多いようだ。そこで、本稿では、アストロターフィングという名称で統一しておく。

人の意見を聞いちゃダメ?

読者の皆さんも、何か物を買うときに、すでに同じものを買ったほかの人の意見を参考にした経験があるだろう。ICT社会の今では、消費者にとりウェブサイトが他の人に参考意見を聞く場になった。ある調査会社によると、10人中9人がウェブサイトに書き込まれた消費者のレビュー(評価)を見てから何らかのモノを買うという。

そのレビューが、利用者の意見を装って、実はある商品についての宣伝代わりに使われていたとしたら、どうだろう?ちょっと、薄ら寒いのではないだろうか。

アストロターフィングと言わずとも、日本にも「やらせ」や「さくら」と言われる行為は昔からあった。それらと同じことをするのにSNSを使って何が違うかというと、私は、その規模と影響力の範囲が格段に拡がった事にあると思う。

SNSの世界にも、残念ながら、うそのプロファイルをFBにのせる人々もいるそうだ。ビジネス用途のSNSとして欧米で多用されているリンクトイン(LinkedIn)に載るプロファイルも、言ってみれば、 FB 同様自己申告だ。だから同じことが起こりうる。LinkedInは、求人、求職に多用されているので、プロファイルへの信頼はことのほか重要である。

アメリカでは、アストロターフィングのビジネスも登場しているという。FBの「いいね」のクリック数を販売するあるビジネスでは、3000クリックで40ドル、7000クリックで60ドルの値がついているそうだ。このほかにも、ツイッター(Twitter)のフォロワーを売る、LinkedInなら、自分のページに推薦文を書きこんでくれるビジネスもあるという。しかも、こういうビジネスは決して表に出てこない。

使う人の倫理があってこそ

SNSに国境はない。ということは、誰でもが、SNSの世界で、黴のように密かに繁殖を始めたアストロターフィングから、何かの影響を受ける可能性がある、ということだ。

ウェブに載ったレビューを信じてはいけない、とは思いたくない。自分の経験を分かち合おうと、本やホテルなどのレビューを書く人々の善意を信じたい。フェースブックに載った写真に数多くの「いいね」が寄せられるとき、それがウソとは思いたくない。だけど、こんな寂しい事がサイバー空間のどこかで起きているのも、事実なのだ。

アストロターフィングが、商品やサービスに用いられる場合ならば、法的規制もある。 欧州連合では、2005年に消費者保護の観点から「不公正商慣習指令(2005/29/EC) 」が出された。スイスには正面切ってアストロターフィングを扱う法律はないが、消費者保護、刑法などの関連条項を根拠に、そのような行為を取り締まるそうだ。

けれども、そのような行為の被害者が、国外にいたとしたらどうだろう。上記のような国内法の手が届かないのではないだろうか。そこが、従来のやらせ・さくらと、SNSを使うアストロターフィングとの大きな違いである。それは、SNS普及の生み出した、新しい課題である。

SNSも、基本はそれを使う一人一人の倫理があって初めて、社会に受け入れられるコミュニケーション手段として成長できる。私も、そのことをSNS利用者として心に留めておきたい。

掲載: NTTユニオン機関誌「あけぼの」2012年11月号

掲載原稿はこちら。

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