SNS時代のイノベーション? ー 欧州ICT社会読み説き術 (10)

フェースブック、ツイッターなどの、ソーシャルネットワーキングシステム(SNS)の利用者が、爆発的に増えている。私も遅ればせながら、2011年3月11日の東日本大震災を機に、ツイッターの効用に開眼。それ以来、ツイッターを通じて色々な人々と緩い繋がり(らしきもの)ができてきて、時々情報や意見を交換するようになった。

SNSの強みの一つは、人の繋がりの連鎖を速く、広く可能にし、自分が思いもかけなかったことを発見できることだと思う。私たち一人一人は、必ず何かを持っている。例えば、友人・知人という人脈、何かに対する意見、知識、経験など。それは資源(リソース)である。大勢の人が、ひとりひとり、そういうリソースを出し合うと、1+1を2以上の価値にすることができる。丁度ブレーンストーミングで、新たなアイデアを生み出すように。SNSはブレーンストーミングではないが、両者は、多数の人がリソースを出し合い、新しいアイデアを生み出す可能性のある仕組みという点で、似ている。

スマホが人の行く先を予告?

そんなことを考えていた折、「人の次の行く先を予告するスマホ」が開発されたというニュースが目に飛び込んできた。生み出したのは、ローザンヌ工科大学(スイス)の3人の研究グループである。それは、モバイル データ チャレンジ(Mobile Data Challenge, MDC)という研究開発のコンテストをきっかけに誕生した。

人がこのシステムを搭載したスマホを持つと、その人が次にどこに行くか、高精度で予告できるという。いろいろな目的に役立ちそうである。

広く世界にアイデアを募るノキア

そのアイデアを生み出したMDCという仕組みは、大変興味深い。MDCは、携帯電話機製造メーカとして有名なノキア社(本社ヘルシンキ、フィンランド)の、ローザンヌにある研究センター(Nokia Research Center, NRC)と、イダップ(Idap)という、人間とメディアのコンピュータ解析を専門にする研究機関(スイス)が主催している。

MDC の目的は、スマホに搭載された技術を使い、モバイル通信を人と社会に一層役立たせるシステムを生み出すことだ。ご存知の読者も多いと思うが、スマホには、全地球測位システム( Global Positioning System, GPS) ブルートゥース, 加速度センサ(accelerometer), マイクロフォンやカメラ などが組み込まれている。それらを縦横に使いこなして人の行動への理解を深める。その知識をもと人類共通の財産になるようなシステムを生みだそうという、壮大な夢のあるプログラムだ。

MDC はノキア社の R&Dの仕組みの一つである。同社は、「オープン イノベーション ネットワーク」という思想の元に、世界12箇所にNRCを置いている。 設置場所は、スイスを含む欧米先進国のほか、中国(二箇所)、インド、ケニヤなど、経済発展の目覚しい地域にもある。スタッフは500人。(出典:NRCウェブサイト)

ノキアのR&Dシステム

NRCは、ノキア社のR&Dの推進機関である。各NRCは、所在する国の理工科系学部を持つ大学と密接に提携し、R&Dを進めている。例えばスイスでは、NRCはローザンヌとチューリヒの工科大学と合同で研究開発を行なっている。つまり、オープン イノベーション ネットワークとは、ノキア社と研究機関(大学)との間でリソースを相互利用し、そこから相乗効果を生み出すしくみといえる。ノキア社が、テーマと、資金、必要な実験フィールドを提供するというのだ、これは、世界各地の若い研究者に強い動機を与えるだろう。ノキア社はこのような仕組みを通じ、次々にイノベーションを起こし、それを通じて科学の進歩、モバイル利用者の便宜に貢献し、ひいては会社の利益ともなることを目指しているかのようだ。

このような、広くアイデアとスキルを募る仕組みは、ノキア社のアプリケーション開発にも見られる。同社は「ノキア デベロッパー」という仕組みを提供している。それを通じてノキア社技術陣は、世界中のデベロッパーをサポートし、多様なアプリケーションの誕生を助けている。

ノキアの社風

なぜノキア社は、このような、仕組みを確立させたのだろうか?フィンランドは、教育程度も高く人的資源はあるものの、人口が少なく(約530万人)、国土の大半は寒冷気候に覆われている。天然資源にも恵まれていない。そういう国で成長した企業だからこそ、R&Dでも、自国に閉じず、国外に広く人材やアイデアを求め、協力し合うという考え方が身についているのではないだろうか。

また、ノキア社には、社会貢献の伝統がある。ノキア社が創業された時代には、若い人々に奨学金を出していたと聞く。

こういった仕組みから誕生したシステムやアプリケーションが、ビジネスですぐに収入になるかどうかは、別の問題かも知れない。そこから利益を上げるためには、アイデアだけでなく、コストや販売チャネルなど、他の多くの要素を考慮に入れなければならないからだ。

けれども、長い目で見ると、このようなR&Dの仕組みは、人類に貢献するのではないだろうか。R&D参加の門戸を広く開け、知恵とアイデアを大勢から集めるという目標を与えることにより、人材を育てているからだ。それはまた、りっぱな企業の社会貢献となっている。

筆者は、欧州の経済紙に、ノキア社の経営状態を懸念する論調が時折報道されていることも知っている。

が、どうしてどうして。この開けた態度は、組織の強さを示しているのではないだろうか。自分とは異質なものを取り入れる、それを受け入れて自らを変化させていくちから、それは時代の変化を生き抜く強さだ。

掲載: NTTユニオン機関誌「あけぼの」2012年10月号

掲載原稿はこちら。

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