誰でもアクセスできるウェブ — 欧州ICT社会読み説き術 (8)

情報化社会のCSR

情報化社会が成熟すると、それに呼応して企業には新たな社会的責任 (CSR, Corporate Social Responsibility) が生まれる。その一つが、企業のウェブサイトを誰にでもアクセスしやすく、情報の探しやすいものに作ること、つまり「ウェブ アクセシビリティー」の向上である。

ウェブサイトは情報化社会に不可欠なインフラといえる。だからウェブサイトの主要な製作者である企業には、誰にでも使いやすいサイトを作る責任がある。それは、ある企業が自社のお客様だ、と考える人々(例えばパソコンを買いたい人)だけでなく、ウェブを使う人誰でもに対する責任である。そこには当然、従来どちらかというとウェブになじみの薄かった人々、身体障がい者や、例えば高齢の利用者も視野に入れなければならない。

個々の企業が、自社のウェブサイトを誰にでもアクセスし易いものにすれば、世の中の情報インフラの質は、飛躍的に向上する。これは丁度、地球温暖化の進行を食い止めるために、個々の企業が二酸化炭素排出量を自主的に削減することと似ている。企業が、地球の環境に責任を負うように、情報環境の向上に貢献することが情報化社会のCSRである。

ウェブ アクセシビリティー(WA)

ウェブ アクセシビリティーは、概念であるだけでなく、具体的な標準(つまり、広く合意された決めごと)を伴う技術である。その標準は従来、ウェブ アクセシビリティーに関心のある人々が集まって自主的に作成した事から始まった(Web Accessibility Initiative, WAI)。それが技術的に優れていること、他に比肩する技術標準が無いことも相俟って、今では、約20カ国で技術標準として採用されるまでに至り、事実上の国際標準となった日本でもJISが主体となって日本に合うように補足された標準が作成されている (JIS X8341)。

スイスのWA

筆者は最近ジュネーブで開かれた、WA セミナーに参加する機会を得て、州政府、ウェブ作成者、推進団体など、実際にスイスでWA推進に携わる人々の生の声を聞いた。

スイスでは、連邦法 (身体障がい者法、2004年成立)により、すべての公共機関は、そのウェブサイトが、WAIの定めたAAレベルを満たすことを義務づけられている。

ここでいう公共機関の範囲は広い。政府機関は、連邦、州、市町村に至るまで、すべてが対象となる他、ラジオ、テレビ局、スイスポスト(郵便と貯金)、スイス国鉄、主な都市の市営交通など公共目的の企業体も同様の義務を負う。

WAの向上は、良いことではあるが、現実問題として、実行に向かって弾みをつけるのが案外難しいことも事実だ。そこで、WAの向上を促すため、スイスでは、政府や、公共企業のウェブサイトの評価を行ない、その結果を公表している。評価を行うのは、「Access for all」(アクセスを誰にでも)という団体である。現在、2011年版の評価測定報告書が公表され、無料で配布されている

この報告書は良くできていて、評価を受けた各機関のサイトの良い点、改善点、参加機関のランキングが図解入りで分かり易くまとめられている。各機関に対する講評も分かり易い。実際には参加機関には、これよりもずっと詳細な評価結果が知らされていることと思うが、私は、この報告書をアクセシビリティー推進の手段として注目したい。このように評価結果が公表されれば、各機関は競争せざるを得なくなるだろう。また、アクセシビリティというまだなじみの薄い概念について、人々の関心を集める効果もある。

ニーズに合わせることこそ重要

Access for allでは盲人がアクセシビリティー測定チームに参加している。その評価方法も興味深い。テストを行なう盲人のコルシウロ氏は、一例として、「僕が盲導犬を飼うには、行政側に対しどのような手続きが必要か?という問いにウェブサイトは答えられるかどうかを見ます」と語った。実際の課題に役立つか、というこのような視線は、アクセシビリティー技術を実際の場で生かすために不可欠である 。

アクセシビリティー向上をと言われ、ともすれば、技術標準どおりやっているから合格、と考えるウェブ製作者もいるかもしれない。しかし、アクセシビリティーの目的は、それを切実に必要とする人がウェブサイトを実際に使って、目的を達することを可能にすることだ 。技術は大切な一歩だが、アクセシビリティーは、最後はその利用者の意見を組み込んで、完成させなければならない。スイスにその体制が出来ていることは、役に立つアクセシビリティーを実現するための地に足の着いた手段として、評価して良い。

ラスト1マイルの利便向上を

「それでも」、とコルシウロ氏は語る。多数の公共機関のウェブ アクセシビリティー向上は徐々に進んでいるが、彼が利用者として見ると、その動きはまだ点の状態だという。

たとえば、ウェブサイトのアクセシビリティー評価は、五つ星で満点のチューリヒ州。毎年の収入申告という複雑な作業も盲人がウェブでできる。ところが、その後がいけない。行政手続きとして、インプットの終わったページをプリントアウトし、サインして、税務署に郵送することになっているのだ。目が不自由な人が、すべて一人で行うには、難しい作業ではないか!

チューリヒ州の名誉のために断っておくが、最後の1マイルの不便は、どの機関、団体にもあるだろう。

ウェブサイトのアクセシビリティー向上は、現代社会の情報環境の大きな前進である。けれども、ウェブサイトの利用は、何かをするための一連の動作線上にある大切な一部だが、それだけで目的を達することは出来ない。ウェブへのアクセシビリティーの向上が、ウェブを含む一つの目的を持った行動のプロセス全体のアクセシビリティー向上に繋がることを期待したい。

掲載: NTTユニオン機関誌「あけぼの」2012年6月号

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投稿者: Yoshiko KURISAKI (栗崎由子)

I am Yoshiko Kurisaki, Japanese, executive consultant specializing in cross-cultural management between Europe and Japan. Being based in Geneva, I travel between Europe and Japan. Culture may be a stop factor in business. That said, if you go beyond that, culture is a vaIuable source of inspirations and innovation. I help European businesses to turn cultural barriers to innovation.   栗崎由子(くりさき よしこ)、ダイバーシティ マネジメント コンサルタント。二十余年間欧州の国際ビジネスのまっただ中で仕事をしてきました。その経験を生かし、日欧企業むけにビジネスにひそむ異文化間コミュニケーションギャップを解消し、国籍、文化、性別など人々の違いを資源に変えることのできるマインドセットを育てるための研修やコンサルティングを行なっています。文化の違いは”面倒なこと”ではなく新しい価値を生み出す源泉です。日本人の良さを国際ビジネスに生かしながら、違いを資源に変えて価値を創造しましょう。ジュネーブ在住で、日本とスイスを往復しています。

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