欧州はEU諸国だけにあらず — 欧州ICT社会読み解き術 (1)

欧州ICT社会の読み解き術 第一回欧州には、日本やアメリカとは異なる情報通信技術 (Information and Communication Technologies,ICT)サービスの発展形態がみられる。

例えば、欧州では大きなプロジェクトは多国間協力により、つまり国際的事業として進められる。そこに、文化の多様性が横糸としてからまる。主な言語だけでも30近くあるなど、欧州の文化は多様である。

政治的にも、欧州は一つの地域として、またEU(欧州連合、European Union)としてだけ見ることは出来ない。EUは、地域としての経済統合を目指してはいるけれども、国家の集合体でもある。その上、同じ欧州内には、スイス、ノルウェーなどEU非加盟の道を選択している国もある。そこに、国境を越えたモノ・ヒト・カネの往来という現実が加わる。

そこから生じるダイナミクスが、ICTサービスの形成、発展にも影響を与えるのである。

統治形態の違いはあれ、それぞれの国民が共通の言語を持ち、一国として機能している日本やアメリカには、このようなダイナミクスは見られない。

欧州は互いに陸上で国境を接した国家の集団であるから、歴史的にも、多国間協力はごく一般的に随所で行われて来た。鉄道、情報通信など、多様な技術の国際標準化もその必然の結果であった。それらは、政治的必要性ではなく、人と物の国境を越えた移動を円滑に行うための自然な要求なのである。

諸々のICTシステムの開発においても、多国間協力は活発である。ここで、欧州委員会(European Commission, EC)が資金を援助するプロジェクトはすべて、欧州内二カ国以上の共同プロジェクトであることが条件となっていることは興味深い。欧州では、ICTは、欧州全体の経済活動を向上させるために欠かせない手段として認識されているのである。

そのようなICTシステムの代表例として、epSOS(Smart Open Services for European Patients)という汎欧州パイロットプロジェクトを挙げよう。欧州では、国境を越えて医療サービスを提供するための、域内共通インフラ作りが行われている(European eHealth Project)が、epSOSはその一環として、2008年に始まった。予定期間は5年半、2011年9月現在でEU加盟国20カ国、非加盟国3カ国、計23カ国から、病院、薬局など、3,400に余る機関が参加している。

人が欧州内を移動すると、行政がその人々に供給する医療サービスもまた人に伴って移動する必要が生じる。epSOSの目的は、ある人が欧州内どこにいても、その人の病気や怪我の患者の医療記録、処方薬情報や処方箋を、必要な時に、欧州域内どの国からもアクセスできるシステムを作ることにある。つまり、EU加盟国をまたがって使用される電子処方箋(Electronic Prescription)の実用化である。そして、ICTはそれを可能にする技術である。

epSOSの画期的な点は、医療行政機構の異なる国、地域をまたがって、医療サービスを提供しようとするところである。これは、ICT技術だけの問題ではない。欧州でも、医療・薬事行政の仕組み、医薬品に関わる専門用語などは各国まちまちである。その違いを調整しつつ、行政面のソフトと、参加国の患者病歴、電子処方箋、電子投薬管理システム相互のインターオペラビリティーという、技術面のソフトとを統合させようという壮大な計画である。

epSOSの目指すところは、あくまでも「統合」であり、統一、標準化ではないことにも注目したい。例えば、スペインの薬事行政サービスを利用するAさんが、旅行先のドイツで、スペインの処方箋に基づき、ドイツの薬局でクスリを買うとする。ドイツの薬局では、Aさんの処方箋の記録を照会し、スペインの基準に従って、必要な分量の薬を販売するのである。

将来は、epSOSの一環として、欧州健康保険カードの統合、救急医療電話番号とサービス(112番)の地域内一本化なども計画している。

ここで、epSOSの参加国は、EU加盟国に限られず、隣接国にまで拡がっていることにも注目したい。スイスは既にEUの電子カルテプロジェクトに参加していることから、スイス人の専門家が主要メンバーとして議論に参加している。その他、ウクライナ、ロシア、トルコなどのEU隣接諸国も112番の採用などに参加、または参加を予定している。

つまり、「欧州」は、EUという政治の境界線で捉えてはいけないのである。経済統合を目指すEU諸国。そのEUと臨機応変に歩調を合わせる隣国諸国の姿には、EU非加盟ではあれ、EUという一大経済圏のもたらす規模の利益を上手に取り入れながらつきあう大陸諸国の共存する知恵を垣間見る思いがする。

掲載: NTTユニオン機関誌「あけぼの」2011年10月号

掲載原稿はこちらをご覧ください。

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投稿者: Yoshiko KURISAKI (栗崎由子)

I am Yoshiko Kurisaki, Japanese, executive consultant specializing in cross-cultural management between Europe and Japan. Being based in Geneva, I travel between Europe and Japan. Culture may be a stop factor in business. That said, if you go beyond that, culture is a vaIuable source of inspirations and innovation. I help European businesses to turn cultural barriers to innovation.   栗崎由子(くりさき よしこ)、ダイバーシティ マネジメント コンサルタント。二十余年間欧州の国際ビジネスのまっただ中で仕事をしてきました。その経験を生かし、日欧企業むけにビジネスにひそむ異文化間コミュニケーションギャップを解消し、国籍、文化、性別など人々の違いを資源に変えることのできるマインドセットを育てるための研修やコンサルティングを行なっています。文化の違いは”面倒なこと”ではなく新しい価値を生み出す源泉です。日本人の良さを国際ビジネスに生かしながら、違いを資源に変えて価値を創造しましょう。ジュネーブ在住で、日本とスイスを往復しています。

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