氷河特急脱線事故に、日本の情報化社会を垣間見る。

2010年7月23日にスイスで起きた氷河特急脱線事故。脱線した車両に乗っておられた日本人の方お一人が落命された、痛ましい事故でした。
私は、事故直後から五日間、ある日本の報道機関の取材助手を務めたのですが、そこで図らずも、現代の日本の情報化社会のありかたを垣間見ました。
それは、7月27日、ジュネーブで開かれた、この事故のただ一人の死亡者、国本安子(やすこ)さんのご遺族の記者会見でのことでした。
出席されたのは、お二人のご家族。国本安子(やすこ)さんと負傷された国本好正(よしまさ)さんのご長男、尚(ひさし)さんとご次男、晃司(こうし)さんでした。ご遺族のお二人の、深い悲しみを抑えてのお話には胸を撞かれるお言葉がいくつもありました。この会見の模様は、マスコミ各社が報道していると思いますので、それについてはここには書きません。
ここでは、私の気付いた別のことを書こうと思います。
記者会見の最後、記者団からの質問が終わったときです。ご長男の尚さんが、皆さんにお願いがあります、と切り出しました。
「助けてください」ーー彼は確かにそうおっしゃいました。
一瞬、私には何を言おうとしているのかわかりませんでした。
彼は続けます。
我々は今、頭も心も混乱しています。手一杯。何から先にしていいか、わからない。識者や同様な経験をした人が、私たちに助言をくれるとありがたい。尚さんは、残されたご家族の、その願いを広く報道してくださいと、報道各社にお願いされたのです。
苦しむ自分たちの、今必要な人を探すために、マスコミを使う姿勢。マスコミから逃げるだけでなく、自分たちに降りかかった運命に積極的にマスコミを取り込み、その力を直面する困難を乗り切るために使おうとする姿勢。あっぱれだと思いました。私は、ご兄弟のその姿勢に清々しささえ感じました。
尚さんは続けます。もう一つ、プレスの皆さんにお願いがあります。(私たち遺族は)今後も、報道陣には協力します。けれども、私たちの生活や、周囲の人々に迷惑をかけることは止めて欲しい、と。
弟の晃司さんが続けます。尚さんはアメリカ、晃司さんは日本にお住まいです。
被害者のお名前が公表される前に、両親宅に、電話がありました。また、両親宅の写真がネットに載りました。私たちは取材に協力するつもりがあります。だから、職場や自宅に取材に来ないで欲しい。他の人の仕事に差し支えます。また、両親宅にプレスが大勢来ています。私たち家族は、両親の持ち物などを取りに行きたいのですが、そでができません。また、近所の人にも迷惑をかけています。そういうことはやめてください。
ご遺族の記者会見、最後のこの場面に、今の日本の情報化社会のありようが端的に表れていると思いました。
マスメディアは情報の規制ができても、個人メディアはできません。個人の発信した情報がネットに載れば、それは、情報が不特定多数の人に公開されるということ。つまり、個人がマスメディアを作ることになるのです。
インターネット、携帯電話など、情報インフラの発展、普及のお陰で、人が大量の情報を扱えるようになり、同時に人はメディアを使う力強さを身につけました。
他方、飛躍的に増えた個人の情報発信力が、ここでみられるように、無用に人を傷つけることにもなっているのです。人が情報メディアを使いこなす時代の明暗を目の当たりにする思いがしました。
(7月28日)

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