会話は情報検索メディア—IGF周辺で見た知恵

インターネット・ガバナンス・フォーラム(IGF) 出席のため、昨年11月、エジプトに行った。思えば、エジプトに行くのは、ずっと以前、大学の先輩をカイロに訪ねて以来、23年ぶりだった。その当時、ここは貧しい国に見えた。今はどうだろう。トランジットで寄ったカイロ空港の、明るくて、近代設備の整った姿を見た時、きっとこの国も豊かになったのだ、と思った。

けれども、目に見える建物からは見えてこない、なかなか変わらない、エジプトの社会もまたあることに、程なく気づく。

今でもエジプトでは、情報というものは、人との会話の中に最も豊かにあるのではないだろうか。書いたモノよりも、ましてやウェブよりも、人との会話から情報を見つけ出すこと、その点は23年前も今もあまり変わっていないように思えたし、それがまた、人と人との関係の密な社会の様子を垣間見せているようで、ちょっと嬉しくもあった。だって、隣室の同僚とコーヒーを飲みに行くのに、メールを出して誘う社会なんて、味気ないじゃないですか。

例えば、その日の会議が終わって、ホテルに戻る参加者のためにシャトルバスが何台も、国際会議場前の車寄せで待機している。そこには、会場から羊の群れのようにぞろぞろ出てくる参加者に、行く先のホテルによって、どのバスこのバス、と案内する人たちがいる。で、私も彼らの言うことを聞いて、指示されたバスに行く。念の為、運転手に、XXホテルに行きますか、と聞くと、行かないという。ここで驚いてはいけない。そのとなりのバスに行き、また尋ねる、「XXホテルに行きますか?」。今度は運良く、行く、という返事。そのバスのフロントガラスに張ってある行く先表示に、私の行きたいXXホテルの名は無い。でも、怯える必要はない。紙に書いた情報なぞ、ここではあまり意味がない。運転手本人が、行くと言ったら、行くのだ。これほど確実なことはない。

これを似たことは、空港でも、ホテルでも経験した。たった二日間の滞在だったが。

紙に書いたもの、ましてや、ウェブサイトなんていう、不確実なモノを信じて良い、どこかに書いてある通りのことが、現実にも起きる社会に長く暮らしていると、どうもここら辺の勘が鈍る。私はいつから、目の前に想起する事実でなく、紙に書いてあることが現実でも起こるべきだ、と思うようになってしまったのだろうか?

翻って考えると、こういう国の指導者は大変だ。エジプトのムバラク大統領は、こういう人々に、情報化社会でネット空間をスイスイ泳ぎながら生きていく教育と力を付けさせなければならないのだ。大統領のお人柄については何も知らないが、きっと演説が上手い方だろうと想像する。紙に書いてあろうとなかろうと、まず、自分の耳で聞いて、その場で、自分で確かめることが原則の社会。政策もリーダーシップも、国民にしっかり伝えるには、徹頭徹尾、耳から伝えることだろうと、想像する。

この国の、看過できないレベルの非識字率が、そういう社会を形成した背後事情にあるかも知れない。漸減してはいるもののエジプトの非識字率は国民全体で約30%。女性だけなら40%、二人に一人だ。ちなみに、世界平均は推定値、20%。情報交換するのに文字に頼れなければ、会話の重要性が格段に増す。そういう社会は、E-Commerceと称して、ネットに平気でクレジットカード番号を打ち込み、航空券や本など買っている私の生きる社会とは、どうしても大きな隔たりがあると感じざるを得ない。

また、どうもこの国の人たちは、オーガナイズする、ということが苦手なんじゃないか、と思うことが何度かあった。一人一人は一生懸命自分の仕事をしているが、そこに連携がないから、私には、結果の予想が出来ない。

そうなる理由も、分かるような気がする。その場その場で情報を見つけーバスの行く先も情報だー、解決していくことが、最も現実的な情報検索手段である社会、あらかじめオーガナイズしなくても、会話を続けていけば、ちゃんと望んだ結果に行き着く。

ものごとをオーガナイズする、なんていうことは、人々が、ある一定の約束ごとを作り上げ、それを守ること、しかもその状態が安定していつまでも続くと信じられること、そういうことの出来る社会でだけ、あり得るのかも知れないと気づく。

反面、そういう社会に慣らされる分、私はいつのまにか、会話というコミュニケーション手段の豊かさかを忘れていっているかも知れないのだ。

そういえば、と思い出す。23年前、初めてエジプトに来た時、やはり同じようなことを、その時の、未熟で若かった頭なりに考えたことがある。

人の習慣や意識は、23年ではそうそう変わらないのだ。だから、エジプトの社会も、変化している部分も大きいに違いないが、変化に時間のかかる部分もまた大きいのではないかと思う。けれども、その分ここには、ネット社会の成長の裏で希薄になった、人間臭さがある。

本稿は、BHN季刊誌、クロスロードに掲載予定です。
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投稿者: Yoshiko KURISAKI (栗崎由子)

I am Yoshiko Kurisaki, Japanese, executive consultant specializing in cross-cultural management between Europe and Japan. Being based in Geneva, I travel between Europe and Japan. Culture may be a stop factor in business. That said, if you go beyond that, culture is a vaIuable source of inspirations and innovation. I help European businesses to turn cultural barriers to innovation.   栗崎由子(くりさき よしこ)、ダイバーシティ マネジメント コンサルタント。二十余年間欧州の国際ビジネスのまっただ中で仕事をしてきました。その経験を生かし、日欧企業むけにビジネスにひそむ異文化間コミュニケーションギャップを解消し、国籍、文化、性別など人々の違いを資源に変えることのできるマインドセットを育てるための研修やコンサルティングを行なっています。文化の違いは”面倒なこと”ではなく新しい価値を生み出す源泉です。日本人の良さを国際ビジネスに生かしながら、違いを資源に変えて価値を創造しましょう。ジュネーブ在住で、日本とスイスを往復しています。

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